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「嫌⋯⋯ッ!」
引き攣ったような高い叫び声が聞こえて、少し経ってからそれが自分の声だと気付いた。俺が払い除けた委員長の手は、そのままの形で中途半端に空中で固まっていた。
「あ、⋯⋯ちが、これはちがくて、」
委員長の目を見ることも、謝罪の言葉を口にすることも出来ずに、うわごとのように「ちがう」という単語だけが飛び出す。一体何が違うと言うのか。一体何を、恐れているのか。この場にはもう俺と委員長しか居ないというのに。
考えてみれば簡単だった。俺は、委員長からの目を恐れたのだ。
「アイツに何を言われた」
俺は答えない。
目の前に居るのは、日々、学園の全生徒の安全を守っている風紀の長だ。俺に関する噂が流れていたとして、それをこの人が知らない訳がない。そして、委員長に次ぐ立場の俺がその噂を聞いた事が無いということは、この人が意図的に俺の耳に入れないようにしていたということだ。
俺に噂の事を悟らせないよう気を配ってくれていたらしいこの人は、何度注意しても毎日危機感も無く妄想中の顔を晒す俺を見て、どう感じていたんだろう。この人も、噂を信じたんだろうか。⋯⋯この人の瞳にも、俺は淫乱みたいに映って見えているのだろうか。
それは嫌だな、と漠然と思った。
再び手が伸びてきて、性懲りも無く肩が跳ねる。お前には触れないからと前置きして俺のネクタイを結ぶ委員長。たっぷりと溜めてから漸く「ありが、」と言い掛けた時には、もうブレザーが俺の顔面に向かって放り投げられていて、最後まで言わせてはもらえなかった。
突然遮られた視界に狼狽えていると、ブレザー越しの頭にぽん、と手のひらの感触。去り際の会計のそれとは似ているようで全く違うものだった。案外、この人にはもう全部お見通しなのかもしれない。
「ほら、早くブレザー着て行くぞ。理事長先生の有難ェ長ったらしいおハナシもやっと終わったみてェだ」
思い切って上げた視線の先には、いつも通りの不敵な笑みを浮かべた、委員長がいた。
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