一章 暁の町にて紡ぐ

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「そうだ。明日、松吉(まつきち)おじさんの所に行ってもいい?」  鈴丸が出来上がった雑炊をすすりながら、そう言った。  松吉とは近所に住む剣術に長けた男で、年の頃は三十。がっちりした体つきは一見(いか)ついが、よく大きな笑顔を浮かべる明るい人物だ。  彼との付き合いは古く、元を辿れば、琴がこの町に来て二年経った頃になる。始め、琴と同じく他の土地から流れてきたのは松吉の父親、松兵衛(まつべえ)であった。この時まだ若かった松兵衛は、少し前まで剣豪として護衛を生業(なりわい)にしていたが、腕を負傷してその道を退(しりぞ)いたと話していた。  町屋に腰を落ち着けた松兵衛は、内職などをしながら暮らしていたという。たまに、幾日か帰ってこないこともあったが、近所との付き合いもよく、戻ってくると何事もなかったように町に溶け込むので、外にも仕事をもっているのだろうという噂であった。  そんな松兵衛が、ある時、幼子を連れて帰った際には、さすがに皆が驚いた。子どもはようやく歩き始めたような年だ。  松兵衛は、皆に、この子は息子で、訳あって離れて暮らす妻の元より預かってきた、と説明した。その幼子が松吉である。こう言われては、それ以上追及することも(はばか)られる。近所の者たちは、松兵衛の言葉に頷いて受け入れた。  さて、その松兵衛も今はもうおらず、息子の松吉は父と過ごした町屋で一人、内職や、剣術指南をして暮らしている。鈴丸は、近所ということもあって小さい頃から遊び相手になってもらうこともあり、今では時間が空いている日に、剣術の稽古をつけてもらうほどの間柄になっていた。  喜助がこくりと首を縦に振る。 「行っておいで」 「ありがとう!」  嬉しそうに目を輝かせる鈴丸を、喜助たちは優しく見つめていた。
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