一章 暁の町にて紡ぐ

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 山まで来るのに、さほど時間はいらなかった。  そこからは慎重に、できる限り音を立てないようにして歩いていく。木の陰から、細い山道に人の姿を認めたのは、それから少し後であった。  道端に座り込んでいるのは、農民の父娘(おやこ)と思われる二人で、近くには米俵が転がっていた。どうやら、町まで米を売りに行く途中だったようだ。  彼らと相対する形で、三人の男たちが得物を手ににやりと笑った。しかし、三人のうち二人、小太りの男と長身の男の刀は、所々錆ついて刀身が曇っていた。腕が立つという割に、己の武器にあまり頓着していないらしい。  怯える父娘へ仲間が刀を向けている間に、小太りの男が俵に手を伸ばす。 「……なっ!」  瞬間、その場にいた皆が固まった。飛び出した鈴丸が、俵に近づく男を木刀で()ぎ払ったのだ。腹に一撃を食らった男は、得物を取り落として(うずくま)る。少年はその得物を遠くへ蹴りやって、残った二人に木刀を構えた。 「お前らだな。この辺でよく人を襲ってるのは」 「なんだ、小僧!」  いきり立った山賊が声を荒げた。鈴丸は、しかし、その怒声に臆することなく全力で睨みを利かせる。そのまま振り向くことはせず、背後の父娘に声をかけた。 「行って」 「だ、だけんど……」  目の前にいるのは、幼く華奢(きゃしゃ)な少年だ。このまま去ってよいものかと、彼らはすぐに動けずにいた。 「いいから、行け!」  もう一度、今度は強い口調で叫ぶ。すると、飛び上がった父娘は、ようやくその場から走り去った。
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