序章

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 時折、雲に隠れる月明りを頼りに、少年は山中をひた走っていた。  夏の盛りのため、この時刻でも湿気を帯びた空気が暑い。転がっている枝や石で、草鞋(わらじ)を履いた足は傷だらけだ。しかし、そんなことは気にしていられない。泥まみれになりながらも決して歩を緩めぬまま、彼は前方を注視していた。その目には小柄な人物の背が映っている。先導してくれているその者と、はぐれるわけにはいかなかった。  それからまだ大分と進んだ後、彼らはそれまでの道を逸れて河原に下りた。今までの道と違い、視界が開けている。少年が戸惑った様子で連れに声をかけた。 「なあ、こんな所にいたらすぐ見つかるんじゃないか?」  これに振り向いた連れは、真顔で応じる。 「大丈夫。この近くに岩の洞窟があるんだ。一見すると奥に続くようには見えないから、好都合だろう」  ここで言葉を切ると、連れは耳に手を添えて少しの間動きを止めた。少年も、その様子に緊張感を覚えて固まる。 「……近づいてきている。急ごう」  追っ手の気配を感じ取ったのだろう。連れの表情が険しくなったので、少年はただ頷いて従う。 山道とは違い、足元には小岩が多かったため、半ば飛ぶようにして進まねばならなかった。しかし、連れの言葉通りほんの少しの後に、洞窟の姿を目にすることになる。河原の脇に競り立った岩壁は、確かに、中に空間があるようには思えない。  と、連れが岩の一つに手をかけて横に押し始めた。ほんの僅かに岩が動く。少年ははっとして、急ぎ手を貸した。二人で力を加えると、ようやく岩が転がる。できた隙間から身を滑り込ませて、今度は小岩と土で中から隙間を埋めた。  ここで安堵の息を漏らすも、すぐに今いる暗闇に心細さを感じる。外の光が完全に遮られたそこは、ただ黒一色に染まっていたからだ。広さも何も分からない。息が、苦しくなる。 「手を」  落ち着いて言ってきたのは連れだ。少年が声のほうへ腕を伸ばすと、すぐにしっかりと握り返してくれる。その柔らかで温かい感触に、強張っていた身から少し力が抜けた。 「見えるのか?」 「いや。でも、中の様子は大方頭に入っているから。奥へ進もう。光が差し込む場所もあったはずだ」 「分かった」
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