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ようやく落ち着いた頃には、せっかくの夕餉は冷めていたが、三人は何も言わずに残りを腹に収めていく。片づけを終えてから、彼らは再び囲炉裏を囲んでいた。口火を切ったのは少年の父親だ。
「私は相原喜平といって、この町で髪結いをしている。倅の喜助も、弟子として修行中なんだよ。今日、お嬢さんを町中で見つけて連れてきたのもこの子だ」
髪結いとは文字通り、髪を結ったり月代を剃ったりする職人のことである。なるほど、部屋の隅には髪結い道具と思しき物も置いてあった。琴は改めて二人を見つめた。
「お礼が遅れました。助けていただき、ありがとうございます。名は琴と申します。実は、先日、育った村が襲われました。ここからは北に位置する海沿いの村落です。私はなんとか逃げ出すことができましたが、身寄りも行くあてもなく、ただ歩いて参りました。この地に着いたのも偶然です」
少女の話を聞き、親子は驚いた様子で顔を見合わせた。一つには、彼女が年不相応にしっかりとした言葉遣いで、淡々と経緯を述べたからだ。改めて見ると、やつれてはいるものの、滑らかな肌といい、黒々とした髪といい、育ちの良さがうかがえる。しかし、故郷は失われてしまったという。この時代、その手の話は珍しくなかったが、少女が一人で生きていくのは難しい。
ここで、琴は手をついて頭を下げた。
「厚かましいお願いだとは思いますが、私も弟子として、ここに置いていただけないでしょうか? 承知いただければ、なんでもします」
親子が琴を無害だと判断したように、琴もまた、彼らを信頼できる人間だと考えた。根拠はない、直感だ。束の間、時が止まったようだった。やがて喜平が、彼女の肩に手を添えて顔を上げさせた。
「琴さん、無理に弟子入りすることはない。うちは男手だけだから、炊事なんかを手伝ってもらえると助かる」
琴は目を大きく見開いた。
「うちでよければ、このままいてくれて構わないよ」
「……いいんですか?」
「これも何かの縁だろう。ようこそ我が家へ」
親子の穏やかな笑顔を見て、気づけば少女はまた泣いていた。しかし、その涙は悲しさからくるものではない。それが分かるから、喜助が今度は軽口を叩いた。
「まったく、琴は泣き虫だなあ。客商売のうちの子は、笑顔でなくっちゃいけないよ」
「はい」
喜助の言葉に応じて、琴は顔を上げる。泣き笑いのようなその顔は、明るく輝いていた。
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