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月日が流れて、彼らは、かつて喜平が引退した年に近づいていた。
この頃の相原家は、喜助と琴、そして十歳になる鈴丸少年の三人暮らしであった。昼間は喜助が現役で髪結いの仕事をし、その間、琴はもっぱら鈴丸にその技を伝える役に回っていた。
「あなたは筋が良いね、鈴丸。手先が器用なのかしら」
琴が目尻に皺をつくって嬉しそうに言うと、鈴丸は照れたように笑った。少年の髪型は喜助に倣って、上のほうで一つに束ねた総髪で、動くとそれがさらさらと揺れる。今は一人前の職人よろしく、着物の袖をたすき掛けしていた。
「おれも、じいちゃんやばあちゃんみたいに、お客がたくさん通う髪結いになれるかな」
「あなたは愛嬌もあるからね。大丈夫、良い職人になれるわよ」
彼女の言う通り、元気で人好きする性質は、鈴丸の見目にもよく表れていた。ここで、表のほうから同意する声が聞こえた。
「ああ。そこはばあちゃんにそっくりだな。後は努力を惜しまず根性のあるところも」
二人が振り向くと、仕事を終えてこちらに戻ってくる喜助の姿があった。
「あらま。でも、優しいところはおじいちゃんに似てますよ」
「優しいっていうならお前のほうだろう」
顔を合わせるや、褒め合いを始める熟年夫婦に鈴丸は苦笑する。しかし、いつものことなので特段気にはならない。
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