6話 猟犬様の獲物は①

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6話 猟犬様の獲物は①

 ライと約束した日から今朝まで、希望はこの日を楽しみにしていた。  ライのことはまだ怖いと思っている。希美にも忠告されたし、心配された。  しかし、ライは希望が今まで見たこともないものを見せてくれたし、ずっと憧れてた狩りに連れて行ってくれる、何でも教えてあげる、と言ってくれた。嬉しかった。知らないことを知ること、見たことのない世界を覗くことは、とても素敵なことだ。    けれど、希美から「それはデートだ」と指摘を受けてから、どうしても落ち着かない。  希美の言う通りだ。これでは完全にデートだ。でも、そうなると、もしや今日狩られるのは俺なのでは? と、心臓が大きく強く胸を叩いている。    それでも希望は、待ち合わせ場所に到着していた。一度した約束を、当日突然すっぽかして逃げるなど、希望にはできなかった。  少し早めだったせいか、ライの姿はまだ見当たらない。少しほっとして、力が抜けていく。  そこで希望は、緊張し過ぎていたせいか、自分の背筋が伸び、姿勢が良くなっていることにやっと気づいた。やたら皆の視線が気になるのも、緊張で神経が敏感になっているのかもしれない。  少し落ち着こう、と希望は静かに深呼吸を繰り返した。   「おい」 「んひゃああっ!? んぶっ」    突然、後ろから肩を掴まれて強引に引っ張られる。バランスを大きく崩して、背後にいた相手の胸に顔をぶつかってしまった。  分厚い胸板は固く、鼻をぶつけて涙が出てくる。鼻を押さえながら顔を上げると、信じられないくらい眉を寄せ、自分を睨むライがいた。  ライの僅かに開いた厚めの唇から鋭い牙が覗いている。希望は「ひんっ」と小さな悲鳴を上げるのが精一杯だった。   「ライさん!? ご、ごめんなさい! びっくりして……!」 「……あ?」    希望が慌てて離れたが、ライは眉を寄せたままだ。じっと希望を睨んで、手を伸ばす。希望が怯えて逃げようとしたが、顎を強く掴んで上を向かせると、じっと観察するように睨んだ。  こんなライの表情を希望は見たことがない。ぷるぷると震え、瞳はたっぷりと潤んで、涙が零れ落ちそうになる。何度もぱちぱち、と瞬きを繰り返していると、ライが不意に表情を緩めた。   「……ああ、希望か。希美の方かと思った」    ごめんごめん、間違えた、とライが軽く笑う。指先の力も弱まり、柔らかく頬を撫でてくれる。希望は身体を硬直させたまま、それを受け入れた。  希望は、膝上まである長いブーツに、手袋に、ケープ、羽飾りのついた帽子を身につけていた。狩猟向けの装備だ。他の道具も服も、全部希美に借りてきたものだった。  よく考えたら、帽子で耳も隠れているから、同じ顔の希美と、咄嗟に見分けはつかないかもしれない。    ……ライさんって、あんな怖い顔で希美のこと見てるんだ……。    希美をいじめていたという話も本当だったんだ、やっぱり悪いやつなんだ。最近いじめられてないって希美は言っていたけど、怪しい。あれはいじめてない奴がする顔ではなかった。    希望がじとりと睨んでいても、ライは気にした様子もない。ライは少し周りを見回した後、また少し笑みを浮かべた。   「一人で来たんだ? 希美は?」 「え? こ、こないよ?」 「なんだ、つまんねぇ」    つまんねぇ、と口にしたばかりなのに、ライは何故か楽しげに笑っている。希望は首を傾げた。   「過保護っぽいからついてくるかと思ったけどな。何か言われなかった?」 「え、えっと……な、なにも……」    ふたりきりになるな、できるだけ人がいるところへ行くんだ、と繰り返し、たくさん注意されたが、ライの怖い顔を見た後では正直に言うことはできなかった。しかし、ライはへぇ、そう、と答えた後、何も言わない。  希望が不思議に思っていると、ライは希望の格好を上から下までじっと眺めていた。   「それ、希美の?」 「? ……うん、借りてきた」 「ふーん……」 「……?」    自分から聞いておいて、ふーんって何?  希望は疑問だったが、いつの間にかライの笑みが消えているのに気づいて、ぎゅっと口を閉じた。  ライは希望をじっくり眺めた後、無遠慮に服に触れたり引っ張ったりを繰り返した。何かを確認しているようだ。希望はずっと首を傾げているが、急にライがパッと離れて終わった。   「な、何ですか? なんか変?」 「いや? 別に」 「?」    ライは何故か不服そうに唇をへの字に曲げて、自分の顎を撫でている。  そんなに露骨に不満を顔に出すのに、何で「別に」って答えたんだろう? と希望は不思議だった。言えばいいのに、と思ったが、希望もまた、それを口にすることはなかった。    ライはしばらく希望を眺めて、ようやく口を開いた。   「お前の、買ってやろうか?」 「え?! い、いや、結構です……」 「あっそ」 「……??」    まあいいや、とライが歩き出すのを慌てて追いかける。  ライの反応に、新しいの用意した方が良かったってことかな、と希望は結論づけた。希美とほぼ同じ体格だったため、服のサイズも同じだ。服の趣味も似ている。かっこいい! と思ったから選んだのだが、ライにはお気に召さなかったのかもしれない。  しかし、いきなり服を買ってもらうのは流石に気が引ける。ただでさえ、獲物や戦利品など、たくさんもらっているというのに。    ……でも普通、付き合ってもない仔犬にいきなり服を買ってあげようとする?  何でそんなことしれっと言えるんだろう?    そこまで考えて、希望はまた、はっ! と目を見開いた。    これが……そっちの意味でもNo.1の猟犬……!? 
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