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Episode9ーB トースト
男子大学生のツヨシさんは、ついふらりと、街はずれの少々不気味なアクセサリーショップに足を踏み入れてしまいました。
店主さんは、西洋風の彫りの深い顔立ちをしていましたが、ツヨシさんが今まで見たことがないぐらい顔色が悪いうえ、まだ若いのだか意外に年がいっているのかも定かではない、少々不気味な男性でした。
その店主さんはツヨシさんを見るなり、とあるシルバーリングを勧めてきたのです。
「お客さん、あんた……女の体の”とある部分”のフェチだね。男同士、何も隠さなくたっていい。それに、”私たち”は何もかも全てお見通しなのだから」
何がお見通しなのか、それに”私たち”とは誰を指しているのか、ツヨシさんには全く意味不明でありました。
面食らうツヨシさんでしたが、店主さんは意にも介さず、商品説明へと入り始めます。
「わりといい男なあんたは、女にはそう不自由はしていないだろう。寄ってくる女と一戦を交えるべきかと悩んだ時は、その女に向かって、このシルバーリングをかざし、内側を覗くといい。内側にはその女の乳首の色が映っている……こことは少々違う世界と結びついている”これ”は、あんたの運命の恋人選びに役立つはずだ」
なんと!
この店主さんは、ツヨシさんがおっぱいフェチといいますか、とりわけ乳首フェチであることを、全くの初対面であるにもかかわらず知っていたのです。
これほど摩訶不思議なことがあるのでしょうか?
しかし、ツヨシさんは、そのシルバーリングをつい購入していまいました。
実は「わりといい男」と言われたツヨシさんは、現に今、三人もの女の子に言い寄られていたのです。
ツヨシさんは、彼女たち全員の乳首の色を確認することにしました。
何も直接、裸を覗いたわけじゃない、と自分に言い聞かせながら、彼女たちに対するプライバシーと尊厳の侵害にも程がある行為を行おうとしたのです。
このいやらしいアイテムは、正しい意味でのニップルリングではありませんが、別の意味でニップルリングと呼べる代物ですね。
一人目は、ツヨシさん行きつけのカフェでよく顔を合わせるフリーターの女の子です。
顔もそこそこ可愛く、明るくてカラッとした性格の彼女の乳首は、カフェオレ色でありました。
二人目は、アルバイト先の同僚の女の子です。
正直なところ、彼女の外見はツヨシさんが女として見ることのできる、ギリギリのボーダーラインにいるうえ、性格もちょっとジメッとしているため、全く好みではありませんでした。
それなら、乳首覗きの対象外にすべきかとも思いましたが、好奇心と下心で、彼女の乳首を覗いてしまいました。
すると、彼女は驚くほどにツヨシさん好みの乳首をその体に保有していたのです。
まるでイチゴの外側から白い中心部へと向かっていくグラデーションの途中にあるような、彼の喉をゴクリと唸らせるには充分の色合いでした。
三人目は、三人の中では顔もスタイルも一番良く、そのうえ本年度のミスキャンパス、学業に励む傍らアナウンサーになるという夢に向かって邁進中の女の子です。
元々、モテるツヨシさんですが、これほどまで高スペックの美人に言い寄られたことは過去に一度もありませんでした。
手入れの行き届いたツヤツヤの黒髪、ツルツルの色白肌の彼女の乳首はさぞかし、と超期待していたツヨシさんではありましたが、リングの内側には漆黒が広がっていました。
まるで、焼け焦げたトーストのように真っ黒でありました。
ツヨシさんは落胆しました。
ですが、ツヨシさんが選んだのは、三番目に乳首の色を確認した彼女でした。
そうです。何もかもが完璧な人間などはいないのです。
乳首の色を差し引いても、彼女の顔とスタイル、友達が多くて、努力家なところなどに有り余る魅力があったのですから。
今のご時世、美乳首はネットに溢れ続ける画像や動画で楽しめばいい、とツヨシさんは自分に言い聞かせました。
生まれつきの身体的特徴で、それも限られた者しか目にすることのない身体的特徴で、彼女の思いを退けることなどはできなかったのですから。
まあ、乳首の色など確認しなくとも、最初からツヨシさんの心は決まっていたのかもしれませんけれども……
ほどなく、ツヨシさんは彼女と男女の関係にもなりました。
漆黒乳首を覚悟していたツヨシさんではありましたが、彼女の乳首は漆黒などではなく、むしろ素敵な色合いでした。
シルバーリングの内側で見た、あの焼け焦げたトーストのような色は一体、何だったのでしょうか?
やはり、あの不気味なアクセサリーショップの不気味な店主さんに担がれてしまったのでしょうか?
こんな眉唾ニップルリングなんて捨ててやる!
……と、何度もそれを捨てようとしたツヨシさんですが、なぜか捨てられず、ズルズルと手元に持ち続けていました。
それからのシルバーリングならぬシルバーウィーク。
ツヨシさんは彼女と車で旅行に行くことになりました。
交代で車を運転しながら、互いに相手を気遣いながらの初めての旅行です。
サービスエリアで運転を交代したため、今は彼女が運転席でハンドルを握っています。
車内はエアコンをつけると寒すぎるため、運転席と助手席の窓を全開にしていました。
助手席のツヨシさんは、カバンの中からおもむろに、なぜか捨てられなかった例のシルバーリングを取り出していました。
なぜ、今のタイミングで、嘘八百の乳首の色を自分に見せてきたこのシルバーリングを手に取ってしまったのか、ツヨシさん自身にも分かりませんでした。
そもそも、なぜ彼女との楽しい旅行にこれを持ってきたのかも、分かりませんでした。
改めてシルバーリングをしげしげと眺めていたツヨシさんですが、内側に何か数字が刻まれていることに気づきました。
八桁の数字。
それはどうやら西暦での今日の日付のようです。
どういうことなのでしょうか?
普通、リングの内側に刻まれる数字というのは何かの記念日であるはずですよね。
まだ迎えてもいない未来の日付を刻むことなどあるのでしょうか?
ツヨシさんの手が震え出します。
その震えを見通したかのように、リングの内側にあの不気味な店主さんの顔が現れました。
ニタリと笑った店主さんは、ツヨシさんに向かって口を動かしました。
声が聞こえるはずなどないのに、店主さんの言葉はツヨシさんの耳に響いてきました。
「You're toast!」という、その言葉が!
その時です。
全開になっていた運転席の窓より、突然に鳥が飛び込んできたのです。
驚いた彼女は悲鳴をあげました。
そして、彼女が握っていたハンドルも大きく乱れ――
あの店主さん、いえ、店主さんたちは全てお見通しであったのです。
それにシルバーリングの内側に見えた、あの焼け焦げたトーストのような色は、やはり今日という日の彼女の乳首の色で間違いなかったのです。
彼女はツヨシさんの運命の恋人――避けることができたかもしれない運命の恋人――であり、なおかつお互いの最後の恋人となってしまったのですから。
(完🐦)
【補足】
「You're toast!」とは、「お前はもうおしまいだ。」あるいは「おまえの命運は尽きた。」という意味です。
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