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いや、振り下ろそうとしているままレイの動きは止まっている。 しかし、レイだけではなく周りの動き全てが完全に動いていなかった。
おそらくは神様として選ばれた自分に許された僅かな時間、レイをこのまま放っておいていいのか選ぶことのできる最後のチャンス。 考えられる時間はあまりないのかもしれない。
―――本当にこれでいいのか?
―――このままレイの行為を見届けても。
―――確かに最初はレイのことは気に入らなかった。
―――だけどこの狭間の世界へ来て命を助けられた。
―――時には分かり合えた時間を共有できたと感じた日もある。
―――ゼンよりも、誰よりも、何となく気兼ねしないような気がしていたのはレイだったんじゃないか?
―――確かに出会った時の俺ならレイが虚無落ち確定しても何も思わなかったのかもしれない。
―――でも、今の俺は・・・ッ!
どちらにしろカイが狭間の世界にいる時点で虚無落ちは免れない。 だがそれでも自分の手で終わりを選択してほしくなかった。
「・・・レイッ! 消えては駄目だ!! 俺はレイに虚無へ落ちてほしくない! だから殺さないでくれ!!」
「ッ・・・」
「!? レイ・・・?」
自然と声を荒げていた。 止まっていた時間は動き出し、カイも当然二人に気付く。 結真が前へ出て二人へと駆け寄った時、レイの手は微かに震えながらも止まっていた。
そしてその震えを伝染させるよう身体も震えさせじりじりと後退している。 一方カイは振り返ってレイを見るなり驚いた顔をしていた。 結真は隙間が出た二人の間に割って入る。
多少強引にレイから石を奪うと他所へと放り投げた。
「カイさん怪我は!?」
「え、神様・・・!?」
「怪我はありませんか!?」
「あ、はい、ないと思います・・・」
「なら逃げてください!」
「え、でも・・・」
「いいから逃げてください!!」
そう言うとカイは腑に落ちない表情をしながらも、この場を去っていった。 レイが崩れ落ちそうになったところをギリギリ支える。
「レイ! ・・・ッ」
レイは声を押し殺して泣いていた。
「レイ・・・。 ごめん」
レイは首を横に振る。
―――レイは俺の言葉で止まってくれたんじゃない。
―――振り下ろした状態からあんな不自然な止まり方があるわけがない。
―――恐らくは溜まっていた願いの欠片を使用したんだ。
―――願いの欠片を使用したから、レイは自分の意思に関わらず強制的に止められてしまった。
レイの凶行は未遂で終わった。 当然、これが引き金で虚無落ちすることは避けられた。 結真は安堵すると同時に泣き崩れたレイを見て、本当にこれでよかったのか分からなくなりかけていた。
とはいえ、願いの欠片の強制力は単なる神職でしかないレイの意思よりもはるかに強い。 今後どうなるのかは分からないが、今すぐにどうこうするということはなくなった。
レイが落ち着くのを待つと脱力したレイに肩を貸し神社へと戻る。 その時にレイが小さな声で言った。
「願いは狭間の世界をなくす時に使うんじゃなかったの?」
「願いを使おうとは考えていなかったんだ。 ただ心の底から止めたいと思ったから自然と声に出ていただけで」
「そうなの? じゃあ後悔していないわけ? オレに使って」
「もちろんだ」
即答するとレイは少しだけ驚いた顔を見せた。
「そう。 ・・・ありがと」
その言葉にどんな気持ちが込められているのかは分からない。 それでも感謝されて嫌な気はしなかった。 ただ間の悪いことに神社へと戻る階段の途中、ゼンに出会ってしまった。
いや、先程の様子からしてみてももしかすると待っていたのかもしれない。
「・・・」
ゼンは何も言わなかったが、明らかにおかしいレイの様子に気付いている。 結真とレイはゼンの前で立ち止まった。
―――レイの未遂のことって報告した方がいいのかな・・・。
それを話しレイが何のお咎めもないとは思えない。 だからといって、誤魔化すのは不可能だろう。 迷っているうちにレイが自らゼンに告げていた。
「兄さんを殺そうとした」
「そうか」
ゼンはレイの未練の内容を知っていたのだろう。 もしかすると、虚無落ちが確定していたことすらも知っていたのかもしれない。 だから、先程止めようとしなかったのかもしれない。
あの時ゼンがいてくれれば違った結末もあったのだろうか。 そう思うが、多分結局は似たようなことになっていたのではないかと思う。
「でもユーシに止められた。 オレは未遂で終わったよ」
「この世界を終わらせようと思った時、せめて関わった人たちの希望は最大限尊重させたいと思ったんだ。 だからカイさん・・・。
レイのお兄さんに復讐したいという欲求を叶えてもいいと思ってしまった。 だから俺が全てのきっかけで全責任があるんだ!」
「ユウシン様・・・」
ゼンは困った表情で二人を見つめていた。
「・・・ゼン頼む。 レイを今すぐ虚無へ落とさないでくれ」
「規則は規則でございます。 我々神職がそれを破ると他の者に示しがつきません」
「それは分かってる! それでも何とか頼みたいんだ!!」
「・・・」
犯罪まがいのことをしたら強制的に狭間の鏡で現世へ送り込み未練を叶えさせず虚無へ落とす。 それがルールのようだったが、復讐の許可を出してしまった自分に責任を感じたためそう言った。
ゼンの言うことも分かる。 例外を認めてしまえば、何故自分は、そう考える人間が後に続く可能性がある。 カイという神職以外を巻き込んだ手前、話が広がってしまう可能性は高い。
それでも結真は必死に頼み込み、結局レイはすぐに虚無へ落とされることはなかったが、一人で神社から出ることは当面の間禁止された。
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