~第一章~ 今日から神様!

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神社の軒下から見下ろすことのできる煌々とした明かり。 小さな粒のようなそれらは確かに人の営みがあると感じさせられる。 現世のものと似ているようでどこか違う。 いや、暗がりに浮かぶそれらは本当は同じものなのかもしれない。 ―――結局狭間の世界をなくすことはできなかった。 ―――別にレイを止めたことに関しては後悔していない。 ―――それで願いを使ってしまったのも。 ―――・・・でも、また先になっちまったな。 ―――願いの欠片を溜めるところからやり直しか。 結真は気付いていなかった。 狭間の世界を消さずに済んだことに、どこかホッとしている自分がいることを。 「何一人で黄昏てんの?」 かけられた声に振り返るとレイが立っていた。 夜も遅いためか寝る時の服装に着替えたようだ。 「驚いた、レイか。 風呂上り?」 レイは答えることなくジッと見据えてきた。 「本当に悪かったよ。 ・・・オレを止めるために願いを使わせてしまって」 「別に頼まれてしたわけじゃないし、俺が勝手にやったことだから」 そう言うと何故か溜め息をつかれた。 「ユーシは何でも一人で抱え込んでしまいそうだよね。 それがいいと思って決断したなら、それでよかったんだよ」 「・・・」 その言葉は遠回しに恨んでいたりはしないと言っているように思えた。 正直、それも気がかりだったことの一つだった。 「飲み物でも持ってこようか? 適当に何か作ってもいい」 「いいよ、そこまで気を遣わなくて。 ほら、レイはもう休め。 今日は色々とあって疲れただろ」 見かけ上平気そうに見えても、今日の出来事はずっと未練に思っていたはずのことの失敗になる。 その精神的な疲弊はレイ自身が思っているよりもずっと大きい気がした。 レイはまだ何か話したそうだったが、結真の顔をジッと見ると何も言わずに戻っていった。 その背を見送り、もう一度街明かりを眺める。 ―――・・・そう言えば、神職たちは俺がこの狭間の世界をなくすという願いには賛成しているのか? ―――そう思っていた時は俺の気持ちが荒れていたし、聞いたことがなかった。 ―――まぁ聞いたとしても、神様の言葉を優先にするとか言ってくるんだろうな。 ―――今レイにでも聞いておくべきだった。 ―――・・・いやレイなら、どっちでもいいとか返ってきそうだな。 その時、少し距離を開けた場所に一つの影が座り込んだ。 視線は結真と同じ方向、それは結真が顔を向けても変わらなかった。 「ユウシン様」 ゼンは微動だにすることなく名前を呼ぶ。 そこに感情が読み取れず、結真としては少々不安を覚えた。 「・・・どうかしたのか?」 「レイに心配だから見にいってほしいと頼まれました」 「あのレイが!?」 「いつの間にかお二人は随分と仲よくなられましたね」 そう言って微笑まれると気恥ずかしい。 ただ先程抱いていた不安はすっかり消えてしまっていた。 「・・・ユウシン様は、本当にこの狭間の世界をなかったことにしたいと思っていますか?」 「・・・!」 ―――今まで大変なことはたくさんあったけど、神職の人たちには仲よくしてもらっていた。 ―――この狭間の世界がなくなると、当然だけどもうここの人たちとは会えなくなるんだ。 仲のよかった神職のオトヤも成仏し寂しく辛い思いもした。 それにレイが虚無落ちになりそうになった時、どうしようもなく辛かったのも事実だった。 ―――きっとこの苦しい思いをしているのは俺だけじゃないはずだ。 ―――オトヤだって成仏するために相当な覚悟を必要としただろうし、レイだって相当な覚悟を決めて決断した。 ―――狭間の世界の人たちにもまだ心はあって生きているんだ。 そう思うと簡単になくすとは言えなかった。 だが唯がここにいないというのもまた事実。 しかし、あくまでそれは結真と唯の二人だけの事情に過ぎない。 「・・・ゼンはなくしてもいいと思っているのか?」 「我々神職は神様の存在が絶対です。 神様の決断を止める権利はありません」 「そうじゃなくてゼンの本当の気持ちが知りたいんだ」 そう言うとゼンは考えた後にポツリと語り出した。 「私は狭間の世界の存在は非常に望ましいと思っています」 「・・・それはどうしてだ?」 「狭間の世界があるからこそ、またユウシン様とお会いすることができたんです。 だから私はこの世界があることに感謝しています」 そう言ってゼンは優しく笑った。 ―――・・・何だよ、それ。 ―――そんなこと言われたら、狭間の世界をなくしにくくなっちまうじゃんか。 「現世と狭間の世界に生きている人たち、そこに違いは感じられましたか?」 「・・・違い、って」 ゼンの言いたいことがあまりよく分からないが、接してきて何か違いを感じたことはなかった。 「確かに現世で命を失ったものが辿り着く場所、それがこの狭間の世界です。 しかし、命を失っても意志は失っていない。 肉体を失っても魂は失っていない。  私はこの狭間の世界の住人も現世の人々と同様に生きていると考えています」 「・・・まぁ、そうかもな」 「ただ一つ、明らかに現世と違うことに、頭の片隅に虚無落ちの恐怖を持っていることがあります。 つまり狭間の世界の人間は現世の人間よりも脆弱なのです。  酷くか弱い存在、薄氷のようにいずれ壊れてしまうかもしれない。 ならばそれを最後の瞬間まで守ることが、私たち神職の務めではないかと考えてきました」 「・・・」 「差出口が過ぎました。 夜も更ければお身体に障ります。 そろそろお暇させていただくので、ユウシン様もお部屋へ戻られるのがよろしいかと」 「・・・あぁ」
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