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「こちらも馬鹿じゃないんでね。この洞窟の入り口近くの地べたに刻まれた、大量の足あとに気づいているか、《獅子》よ」
「それがどうした、《狐》よ」
「たくさんあるなあ」
《獅子》はそれを聞いて薄く微笑みました。
「入っていく足あとばかりで、出ていくものはひとつもない。一体、その穴ぐらの中はいま、どんな有様になっているんだろうな、《獅子》よ」
《狐》は入り口に立ちはだかったまま、これまた何かを揶揄するように薄い笑みを浮かべましたが、逆光になっていて、《獅子》にはその表情は見えません。
入り口前に刻まれたたくさんの足あとは、荒々しく乱れており、たくさんの【獣】が一斉に洞窟めがけて踏み入るさまが目に浮かぶようでした。
《獅子》の声が響きます。
「お前の想像する通りだ、《狐》よ。それだのに、よく来てくれた」
「どの口が言うか、《獅子》。本当に逃げる気であれば、おまえなら足あとぐらいどうにでも消しただろうに。弱ったふりをして、たどたどしい足あとを残し、【獣】たちをおびき寄せたか」
饐えた臭いが漂い出てくる穴の奥で、《獅子》が浅く息を吐いて笑う気配がしました。
「そこはお前の想像に任せるが、今現在、弱っているのは否定しないな」
「とはいえ、彼らの足跡を消さずに置いたのはやはり、俺を呼んでいたということなのだろうな、《獅子》」
《狐》が言うと、《獅子》は穴倉の暗闇の中から大きな声で嗤いました。びりびりとあたりを震わせるような活力あふれる発声は、狐が良く知る《獅子》のものでしたが、それもすぐに途絶え、次第に不吉な砂嵐を思わせる喘鳴へと変わり、途絶えました。
しばらくして、《獅子》の声がしました。
「そうともさ。わたしを追って来られるような【獣】はもうお前しか残っていないだろうからね」
弱々しいのにもかかわらず、精一杯に張り上げたその声を耳にした途端、《狐》の胸にはたくさんの思い出がよみがえり、たまらない気持ちになりました。
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