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洞窟で、足あとをはさんで《獅子》と《狐》が対峙するこの時の、一週間前の事。
長期にわたるミッションの最中に新規の依頼が入り、依頼主との交渉のために、現地キャンプを発った《獅子》以下側近4名と連絡が取れなくなりました。さりとて、依頼主からの連絡もありませんし、拘束や殺害の声明もありません。
業を煮やした【獣】のうち、手練れの数名が、残った手がかりを頼りに見当を付けて出かけて行きましたが、これまた帰ってきませんでした。さりとて、依頼主からの連絡も、なんらかの声明も、ありませんでした。
「彼らが出かける前に、依頼人などいなかったのではないかと俺は思ったのだが、《蛇》たちは聞く耳を持たなかったよ」
「そうだろうね」
暗闇の中から《獅子》は応える。「どうせそうなるのだろうから、出発の前にお前を始末しなかった」
「入ってもいいか。俺はおまえが思うように【獣】たちから差し向けられるほどの信認は無い」
「つまり、追ってきたのはお前個人の意思であると」
「そうだ」
返事を待たず、《狐》は洞窟に足を踏み入れました。悪臭が鼻をつきます。糞尿と、血膿と、腐敗を始めたばかりの肉の臭い。
洞窟の中には、仲間たちの屍が転がっていました。《獅子》の身を心から案じて、怒気もあらわに有志を募った《蛇》、それに呼応した腕自慢たち……。
こときれて転がる彼らを従えるように、《獅子》は奥の壁を背にして、身をあずけていました。返り血を浴びて汚れきってはいましたが、《狐》を見返すその双眸は堂々たるもので、今までと変わらずに百獣の王のままでした。
「何がしたかったんだ、おまえ」
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