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清水 遠羽(しみず おとは) 清水 壊(きよみず かい) 清水遠羽はゲイじゃない。清水壊のことは、好きなわけじゃない。そういうんじゃないのだ。自分たちは。 高校に進学して、一人暮らしのためのマンション探しにまわった不動産屋で、小学校の同級生に会った。どうやら同じ高校らしく、一人暮らしというのも同じらしい。家賃を半分にできるということで、一緒に住むことになった。苗字の読み方は違っても漢字は同じという偶然で、表札は一つでいい。バイトはそれぞれ交代でシフトを入れ、その日家にいる方が家事を担当した。 清水壊とはシェアルームをしているだけ。ただ単に、お互いの性を吐き出すためだけに、扱き合いをしているだけ。学校ではクラスも違い他人も同様。登下校はまばら。ほら、好きになるわけがない。布団を二つ横に並べているのは場所の節約のためだし、ご飯を一緒に食べるのは机が一つしか無いからだ。それもこれも、そもそも一緒に住み始めたのだってお金を節約するためなのだ。 扱き合いの延長で、突っ込みたいなんて、思うのだって。気持ち良くなりたいだけだ。それだけ。本当だ。その他に理由なんか… 清水壊は最近おかしい。と、自分でも思う。シェアルームをしている友人のことだ。気になる。という言葉が一番しっくりくるだろう。気になる。今何をしているのか。友人関係はどんなか。自分のことを、どう思っているのか。 清水壊は最近おかしい。と、自分でも思う。廊下ですれ違った時、フワッと良い匂いがした。自分と同じ匂いが。自分が選んだ、気に入りの匂いが。それがすごく良い気分だった。まるで彼を独り占めできているような。 清水壊は最近おかしい。と、自分でも思う。楽しい話をしていても、同居人が別の友達と楽しそうなのが見えるとモヤモヤする。女の子と楽しそうだとまだ平気なのにだ。つくづく、嫌になる。こういう気持ちがどういうことか、分かってしまうから嫌になる。 「遠羽」 「ん?」 伝えよう。なんて決めたのは、この男が、どう転んだって自分との生活をやめないという自信があったからだ。なかなか快適でお得な今の生活を、合理主義気質の清水遠羽がやめるわけないと。 「気づいてる、だろうけど。俺の気持ち」 「好きじゃねぇよ」 「え?」 「それは、好き。ではねぇよ。お前は勘違いしてんの。自分の気持ちをよ。毎日顔ほっつき合わせて、触り合いっこして、間違えちまったんだよ」 「遠羽はそう思うんだな」 「ああ」 「そっか。でも、俺は好きだ」 遠羽が軽く目を見開くのが見える。ほんのり耳が色づくのも。壊は目が良いのだ。 「お、俺は違ぇ!」 「うん。でも、俺は好きなんだよ」 うるさい。心臓がうるさい。違う。これは驚いただけだ。壊があまりにも突拍子も無いことを言うから驚いたのだ。 違う。嬉しくて気恥ずかしくて、でも嬉しい。驚いただけじゃない。 「……」 暑い。暑い。暑い。言葉が喉の奥で溶ける。口が回らない。身体が暑い。顔が暑い。心臓の働きすぎだ。もう少し休め。これ以上、心臓を頑張らせないでくれ。 「ごめんな急に。返事とかはいらねえよ。俺が言いたかっただけだ。これでも俺、遠羽のこた結構分かってるつもりだしな。んじゃ行ってきます」 どこへ行く。玄関に向かって、ああ、バイトか。 「ぁ、壊」 「ん?」 「あの、あのよ、それ、今のそれ、本気ならよ」 「うん」 「俺の、返事な、……お前に突っ込みたいって言うんじゃダメ?」 しばらく固まって、それから変な顔をして、プッと吹き出した。 「ぶはははは!全部、持ってかれちまった!いいよ、そんで。ははは、それで良いわ。バイト終わるまで待ってろよ、遠羽。優しくしてくれな」 清水遠羽はゲイじゃない。でも、このどうもかっこいい男のことは好きかもしれない。
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