第一章 予想はしてたけど、こんなはずじゃなかった

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第一章 予想はしてたけど、こんなはずじゃなかった

 白い無地の布に「あま彦」と毛筆で書かれた、素朴な白いのれんをくぐる。年季がかったすりガラスの戸を開けると、どこか懐かしいがらがらという音がする。 「オッきた!」  早速、できあがっている大きな声が奥から響いてきた。あいらっしゃーい、と、店主の調子のいい声が続く。弱い人ならお店の中の空気だけで酔ってしまいそうな、地元らしい熱気に満ちた居酒屋だ。  うんとこしょっと、年配の先輩農家たちが次々と立ち上がり、あらかじめ空けてあった席に一人ずつ新人を誘導していく。その一人である僕は出ていきづらく、視線も集中する最奥に座らせられた。 「奥の席から順番に、東京から戻ってきた佐々木くん、新潟市で勤めてた松浦さん、神奈川から来た坂口くん。松浦さんは家業で、坂口くんは独立志望なんだよね?」  社長の源川さんから一人ずつ、軽く紹介をしてもらう。そして自己紹介の時間になる。ネタがないし、考えてきていなかった。 「私、いつか継ぐつもりではいました。それが急きょ父が動けなくなってしまって、直接教えてもらえなくなってしまって……父と源川さんが知り合いなので、それでお邪魔することになりました。あ、名前を名乗っておりませんでした……松浦と申します」  社長に一番近かった席の松浦さんが、はきはきとした語調で応えた。農業法人で研修を受ける理由としては、しごく真っ当なものだ。社長は満面の笑みで首を縦に振っている。 「立派だねー、うちの娘なんて何も言わずに都会にすっ飛んでいっちゃってさ、おまけに……」という一言を皮切りに、先輩たちの間でしばらく息子や娘をいじり倒す流れが生まれた。身内いじりはどこの飲み会でも一緒みたいだ。  幹事らしき、落ち着いた農家の一人が坂口さんにアイコンタクトを飛ばすと一同はそれを感じとり、発言できるように会話のトーンを落とした。 「応援してるよ!」  話が切り替わる瞬間に、激励の言葉が割り込んだ。 「えーどうも、坂口と申します。松浦さんのが超絶すごかったのでアレですけど。僕は、何となくっすね。そうだなあ、自然が好きだからかな。今まで海に関わる仕事ばっかだったもんで、田園風景には憧れがあったんですよね。早いところ一人前になりたいっす!」  何となくか、ははははは――坂口さんが軽妙にさらっと言うと笑いが巻き起った。僕にも、「何となく」という言葉はとても魅力的に聞こえた。坂口さんは、行動力の塊みたいな印象だった。これから何をするにしろ、大きな野望を抱えているのだろう。 「まあみんな、遠路はるばるご苦労なこったな」その場にいる中では一番高齢そうなおじいさんが、しゃがれた声でつぶやいた。農家組合を取りまとめる長老的存在だ。 「佐々木ですー。東京から来ました。前職はシステムエンジニアというお仕事をしていて、で、えーっと、静かでのんびりした暮らしがしたくて、それで農業がいいのかなと思って。この源川農園に居候、違った、お邪魔させていただこうと。よろしくお願いしますー」 「なるほどなるほど。君も、そこの兄ちゃんも、Uターンとかいうやつかな」先輩農家の一人が、僕に尋ねる。そこの兄ちゃんとは、雰囲気からして坂口さんのことだろう。 「そうですねー、ちまただとそう言うみたいで……」 「ほーん、じゃあ田舎暮らしに憧れて来たってとこか?」  理由までは掘り下げないでくださいと、僕はひそかに祈った。 「いいやいいや、違いますよ。Uターンの意味は、昔の故郷に戻ってくるって意味ですよ」  ここにいる農家の方々の中では若そうな四~五十代の男性が補足した。 「ああー、行って戻ってくるからってことか」 「でもそのうちすぐ飽きるから、それとの戦いだよな。遊ぶところもないしね。俺なんか、やることないとすぐパチ屋行くからさ」  また別の方が話に入ってきた。同じような話を、田舎移住のブログ記事で読んだ気がする。仕事は仕事で忙しいけど、アウトドアが趣味でもない限り気分転換にやることはそれくらい、という内容だった。 「僕も、向こうに居たときめっちゃ打ってましたよ。聞くところによると新潟ってパチ屋むちゃくちゃデカいんですよね?」「地方ならどこもドデカイけどね。めっちゃやりそうな感じするなあー、君」  話のターゲットは、快活な坂口さんに移った。Uターンした理由は訊かれないまま話は流れていき、そのまま麻雀、将棋、競馬、ボウリング……と、田舎での暇つぶしについての会話になっていった。よかった。  家業を継ぐとか、独立して自分の田んぼや畑を持ちたいとか、自然の中で子育てをしたいとか、人生を左右するような強い目的は僕にはなかった。僕のUターンは、とても後ろ向きな理由だ。当たり障りないように説明しようとしたら、言葉を選ばないといけない。 「あんた、呑みそうな顔してんねぇ」 「えー、そうですか? そう言ってもらえて嬉しいです」 「ねえ彼、彼。呑みそうな顔してる言われて、嬉しいってよ、はは」  お酌した量の倍以上の日本酒を飲まされることになった。美味しいからまんざらでもないけど、あんまり飲むと明日に響きそうだ。  そして飲み会も終盤にさしかかると、昔ばなしが増えてくる。大半は息子や孫のスポーツチームの話であったり、自治体や上下組織への不平不満だったりする。成功体験や失敗談のような、先々仕事の参考にできそうな話は、この空気ではちょっと真面目に過ぎるようだ。でも、きっと一つや二つ持ってはいるだろう。  お酒で緊張感がなくなってくると、僕の場合はかえって落ち着いた気分になってくる。そして、周囲の色々なことに気がつくようになる。「その通りですよね」と調子を合わせているのは、副社長の権藤さん――ドライバーなので素面だ。権藤さんは、社長が社交的で明るいタイプなのに対して、とても堅実かつ厳格なタイプだ。松浦さんは今まで公務員勤めだったからか、ちょっと年上かと見まがうほど、年配への対応がこなれている。愛想よく話を聞き流しながら、お酌のタイミングをちらちら見計らっている。 「そろそろ中締めしまーす」  雰囲気がだらけてきた所で、三十代後半くらいの若い幹事から、締めの一声がかかった。 「次の消防なんだけど、明後日の朝で大丈夫かな? 土曜ちょっと用事のある人が多いみたいでね」 「はい了解しました、大丈夫すよ、たぶん暇なんで」  勘定になり全員が座敷から撤収するなか、さらっと出てきた「消防」というキーワードに、僕は振り向いた。すると、坂口さんが先輩農家のひとりと話している。言わずもがな、消防団関係の話だ。知らないうちに、坂口さんはもう消防団に入れられていたらしい。朝練をやるなんて、まるで部活みたいだ。これはきっとそのうち、僕も勧誘されるのだろう。  僕はなんでもかんでもネットで調べすぎていたので、消防団に恐ろしい先入観があったのだ。本当のところはわからないけど、そういう集まりや行事に対しては、身構えるのが基本動作になっていた。  もちろん、「帰り台輪」で揉みに揉まれてケガしたりなんて、もってのほかだ!  農家組合が解散したあと、僕を含めた研修生は一次会のタイミングで帰ることができた。社長の源川さんはそのまま、二次会へと行ったようだ。六十代後半のそこそこの年になるが、驚くほど元気だ。  社員寮へと帰る車の中で、権藤さんが「案外、ノリのいい人たちだろ」とそれとなく訊ねてきた。 「なんか俺正直農家の人って静かなイメージあって。自然と一対一で真心こめてみたいな感じかと思ったんすけど、普通に飲み会とかあるんですね」と、坂口さんがすかさずレスポンスする。 「ほかの職業と何も変わらないよ。ああ見えても、自分の農地ではそういう雰囲気なんじゃないかと思うがな」 「逆に、プロ感出しまくられても、プレッシャーになりますからね。大人の余裕ってやつだなー」  坂口さんは初日からこんな感じだった。僕としても話しやすくて、まったく湿り気がない。話していると、僕までカラっとしてくるような気さえする。そんな坂口さんに対して、何かを横取りされてしまうような焦りを感じたりもする。 「次の集まりっていつになるんですか?」  僕は権藤さんに、次の日程について尋ねた。 「次の集まりは、たぶん再来週だな」 「あー、けっこう頻繁なんですね……」  話しはじめの〇.一秒くらいは残念そうな声色で、後半では「なるほど」というニュアンスになるように声を持ち上げた。危ない危ない……。週一とか言われると思っていたから、むしろ喜ばないといけないくらいじゃないか。 「うちの父は、下手な会社員とかより多いかも。って言ってましたよ」実家が農家の松浦さんが、僕のつぶやきを補足してくれた。 「ええ、マジ? 確かに田舎だと週末ヒマだからそうか。佐々木くんとかほら、バリバリのリーマンだった訳じゃん。平日でも仕事終わりに連れていかれるとかあったんじゃないの?」 「うーん、そこまで時間なかったですね。プロジェクトの打ち上げに飲みに行くことはあったかな……」 「それかなりブラックだな。まあ、辞めてよかったな」  坂口さんの悪気のない一言が刺さる。ほんとほんと、辞めてよかったですよ。そう返事するには、僕にはまだ後ろめたさがつきまとう。なぜなら、僕のほうから見切りをつけたのではないからだ。 「ここでやっていきたいなら、顔は出しておけよ。別に気の利いたお世辞も、高い菓子折りもいらないが」  権藤さんの言葉は一同に向けられたものだったが、その横目は明らかに僕のことを指していた。権藤さんからは、人づきあいや近所づきあいを重ねることを何度も念押しされているのだ。主語がなく、誰に言っているかもいまいちわからない遠まわしな表現で。ネットで田舎移住について検索して嫌というほど見てきた忠告を、未だに目の前でリピートされつづけるのは息苦しい。  そもそも、僕の企てが甘かったのだろう。会社でやっている農家に雇われれば、どうせ寮生活だし大した近所づきあいもないだろう。そうタカを括っていたのだ。それに、生活費については収穫したもので食費を一部まかなえる。でも話はそんなに単純ではなかった。  権藤さんは面接の時点で僕の内心を読んでいたと思う。前職がシステム開発会社で激務と知ったとき、一瞬顔が曇ったのを感じたのだ。こいつは面倒ごとを避けようとするタイプだと、そう映ったのかもしれない。  けれど、権藤さんは僕を落とせなかった。「農家の情報システム担当」なんていう、聞いたこともない仕事に応募してくる物好きは僕だけだったからだ。  「情報システム補助」とは要するに、農業の仕事を一部手伝いながら事務管理も行うという仕事で、募集要項に一名ぶんだけ枠があった(実際はもう少し曖昧な表記だったと思う)。第一線でついていけなくても、地元の小さな農家で情シスができれば独壇場になれるかも……楽をできるかもと思った。僕のほうから電話をかけ、スマート農業をやっていることも確認した。そのとき電話に出たのも権藤さんだったと思う。 「農業を、ありのまま農業として見てほしい。だから最初の年は、冬まで農家を一通り経験してくれ」  そして明言を避けつづけた権藤さんは、初日にそのタネを明かしたのだった。募集要項にあった「多少の農作業補助あり」という一文のひっかかりは、その一言で見事に回収された。  二日酔いドリンクを飲んでもなお残る頭痛とともに、翌日を迎えた。無理やり目覚めるために、重たい上半身を起こして洗面所に向かう。冷や水を顔にぶつければなんとかなるだろう――睡眠不足の環境で働けば、自然に身に付くスキルだ。  時刻は七時ちょうど。夏にはこれがもっと前倒しになるらしい。  トイレと一体になっている、共用の洗面所は昔ながらの蛇口で、床はタイル張り。この静けさからして、ほかの就農者はもうみんな社屋のほうへ行ったのだろう。二人が勤勉なのか、僕が酒に弱いだけなのか(飲まされたんだっけ)……。  僕が入居した源川農園の社員寮は、小さな渡り廊下で社屋とつながっている。朝の支度を終えたらそこを通って、事務室で朝礼を開くことになっている。渡り廊下の突きあたりにあるタイムカードに打刻して、事務室に向かった。日時は五月二一日、土曜日だ。農繁期で休みは週一なのに、金曜には飲み会をやるのだ。そして法人として農家をやっている以上、研修期間だろうがなんだろうが始業時間はある。 「みんなおはよう」  事務室には源川社長とそのご夫人、権藤さん、そして僕を含む三人の就農者がいた。八畳程度の部屋は、六人もいるとかなり狭く感じる。  この農園では、朝礼はごくごく簡単なものだった。その点については前職と同じだった。一人ずつスピーチしたり、スローガンを復唱したりといった面倒なことはない。 「今度、イチゴ大福をお裾分けしてくれるそうだ。楽しみにしててね」 「おおー」  今日の天気が快晴であること、里芋と春キャベツが値上がりしていて売りどきなこと、イチゴを卸している和菓子屋の売れ行きがいいこと、社長がほくほく顔で話してくれた。 「何か言っておきたいことはあるかな? ないかな」 「ないです!」朝から威勢のいい坂口さんの声が反響する。  続いては権藤さんが本日の分担を伝える。ここからが本題だ。 「佐々木と坂口は、田植え機を順番に使ってくれ。二機あったんだが、自動のものをシェアしてるから、この前一機中古で売り払ったんだ。ビニールハウスの作業は変わらず。手が空いたら畑のほうもフォローしてくれな」  どうやら、農家組合でスマート農機を使いまわしているようだった。今日は先約があったようだ。  令和になってからしばらくが経ち、無人田植え機や無人トラクター、農薬ドローンは珍しいものではなくなった。大規模農家向けなら既に市場が確立され、技術的な問題はほぼないと言っていい。ひと昔前なら、「スマート農業を導入しましょう!」と若者が地域で出しゃばろうものなら、苦戦を強いられただろう。  ところが、家族経営や中小企業の農家にとってはまだまだ、シェアリングして割り勘するのが関の山だった。何せ、お値段がとにかく高い。 「佐々木は2番、坂口は7番に行ってくれ」  僕と坂口さんは別々の田んぼへと振り分けられた。田植え機は僕が最初に使うことになった。松浦さんは、田んぼへは行かない。実家がイチゴ農家ということもあり、就農研修がはじまってからというもの、ビニールハウスで越後姫の面倒にかかりっきりだ。 「あ、それと」源川社長からもう一つ、つけ加えることがあったらしい。 「午後からは、一旦外回りにみんなで行くからね。午前中の作業が残ってたら、やるのは戻ってきてからにしてね」  たぶん、近所に挨拶回りに行ってくるってことだろう。しかたない、それも仕事の一環だろうから。  事務所にあるサッシを開けると、そのまま外に出ることができた。勝手口になっているから、お昼ごはんのときも直で戻ってこれる。  水色の作業服に着替えてメッシュのキャップを被り、長靴に履き替えれば農作業の準備は万全だ。撥水加工されている作業服は持ってみると重いけれど、着てみると身体に馴染んで気にならなくなった。  まずは銀色の軽トラのエンジンをかけ、農舎から出す。田植え機は公道を走れないので、まずは軽トラの荷台に載せるところから仕事が始まるのだ。載るのを見届けたら、社屋から数キロ離れたところにある田んぼ(細かく言うと「ほ場」というらしい)まで運ぶ。  軽トラは小回りがきく分、乗用車と感覚が違うので最初は慣れが必要だった。砂利道の上をガチャガチャ進んでいくと、目的の「二番農地」につく。軽トラを停めて荷台の仕切りを外し、降ろすために専用の板をはめこむ。田植え機までよじ登り、鍵をひねって……その前にまず、フェルトで出来たアルパカのキーホルダーが手にからみついてくるのを振りほどく(社長のチョイスだろうか……)。  重力が斜め向きから垂直になったのを感じて、ほっと一息ついた。そこから田んぼの中に田植え機を入れるというだけでも、けっこうな大仕事だ。たっぷり十分かかって、田植え機を無事に水田の中に収めることができた。  研修を思い出しながら、二つ三つあるレバーを切り替え、クラッチを踏む。  後は進んでいくだけだけど、進路がそれてしまうといけない。そういう時のために、田植え機にはマーカーという小さな装備がある。小さな棒の見た目をしていて、それを横目で見ながら、進路がそれていないかを確認できるのだ。今まで遠目でしか見てこなかった田植え機に、そんな隠し機能があるなんて知りもしなかった。  発進までの操作に忙しくしていたのが、進み始めるととたんに単純作業になった。田植え機のエンジン音とその振動にかき消されてしまって、鳥のさえずりや草のせせらぎ、かえるの鳴き声は聞こえてこない。田植え機にこびりついた泥が晴天で乾燥して、土臭い――僕が一番自然を感じているところは、そこだけだった。  あまり活用しきれていない中古のスマートウォッチを見ると、ちょうど九時が終わりを迎えようとしていた。八時から始めた作業は、十時には坂口さんへとバトンタッチすることになっている。 「田植え機、そろそろ交代しましょうか」  通話アプリで坂口さんに告げる。エンジン音交じりの中、かんたんな返事だけが聞こえて通話が切れた。田植え機は遅いので、近くまで軽トラを運転して田んぼの横につける。軽トラに載せて、合流地点の「7番農地」へと向かう。  坂口さんは、高架線の真下であぐらをかいて休憩していた。手ぬぐいを頭に巻いている。まだまだ五月上旬だけど、晴天で日差しが強い。うちわやタオルが要るまででなくても、ほのかに暑さを感じた。 「坂口さん、消防団入ってたんですか?」  僕は坂口さんにたずねた。 「ああ、入ってるけどどうした?」 「実際はどうなんだろうって。検索ワードとか、物騒なのが多いじゃないですか」 「んなこたなかったぜ」 「じゃあ、この辺りは割と大丈夫?」 「大丈夫っつか、普通よ普通。飲み会も年に何回かだけみたいだし、操法の練習は土日だけだし。毎週じゃない。昔に比べてゆるゆるだって班長も言ってたな」 「やっぱり、僕も入ることになるんですかね」 「いやいい、いい。別に勧誘のノルマとかないから。マルチじゃあるまいし」  頭の片隅でわかってはいたけれど、不安要素が解消されてほっとした。少なくともこの近辺は、ネットで見るような噂そのものの出来事が起こっているわけではなさそうだ。 「それは気にしなくていいんだけどさ。にしてもあれ、よくないか? 和むよな」 「ああ、この辺りだとちょくちょくありますよ」 「へー、一個だけじゃないんだな」 「そうなんですよ、いい発想ですよね」  坂口さんは、顔の描いてあるガスタンクが気に入ったようだ。確かに言われてみれば、和むかも。ガスタンクが目に入ると、少し危ないイメージがある。それをうまく緩和してランドマークにしているのには、社会人になってから見るとあらためて感心する。  坂口さんと別れたあと、十時からお昼にかけてはビニールハウスでの作業だった。収穫用のプラスチックかごをハウスの前まで運んだり、越後姫の収穫を手伝ったりする。 「おはようございますー」 「あ、そうか。まだおはようございますの時間か」  ビニールハウスの中では、松浦さんがせかせかと収穫に励んでいた。二日酔いで出遅れた僕よりもだいぶ前から作業していたようだった。 「やっぱり都会には一回出てみたかったですね、お洒落な空間で空気を吸ってみたかったっていうか……」  彼女が「市のほうで事務をやっていたが、父親が倒れてしまって」と、就農の理由を語っていたのを思い出す。 「そうだなあ、新潟市もけっこう負けちゃいないと思うよ」  松浦さんにとって憧れの東京は、僕にとっては合わない場所だった。けれど、ここでそのことを言い放ってしまうのも、がっかりさせてしまうようで憚られた。 「ええー、全然違いますよ。東京23区って『はずれ』がないじゃないですか」 「ハズレ?」 「あたりはずれじゃなくて、街の『外れ』のほうですよ。何だかんだ新潟市だって、ほんのちょっと外れたらいつもの田園風景じゃないですか」 「個人的には落ち着かないけどなー」  がっかりさせないとか思った先から、つい本音が出てしまう。 「それ、満喫して飽きた人の言葉ですね……」  話しながら、僕たちは実をつぶさないよう細心の注意を払いつつ作業していく。意外に集中力が求められる。つるがなかなか抜けないことがあり、二人で「あれ?」とぶつぶつ言いながら作業していた。  ふと、ビニールハウスの入り口のほうから低い声がして振り向いた。実質的な教官ともいえる、権藤さんのおでましだ。「ちょっと見せてみろ」と割って入ってきて、収穫途中のカゴを僕と松浦さんから回収した。  プラスチックのかごをごろごろ動かしながら、形や色を入念にチェックしている。  箱詰め品、不揃い品、不良品の三つに分別することと、赤くなりきれなかったほとんどの実は、そのまま廃棄されるか肥料にさせられること、その二つは事前に聞いていた。 「これは不正解。たぶん虫が中にいるぞ」 「うわ」  思わず声が出てしまったのは僕のほうだった。松浦さんも渋い顔をしている。 「目に見える虫がついているのは、まだいいほうだけどな」  虫食いイチゴをぽいっと捨てた権藤さん。その一粒を皮切りに、疑わしい個体をどんどん断捨離していく。そんなに捨てていいんですかと、喉元から出てきそうになる――なにせブランド品の越後姫だ。しかし権藤さんは秒速で判断し、選別していく。 「虫害はたいてい目に見えないかたちで出てくる。ごく小さな虫やダニのような奴らが悪さをするんだ。それから……」  権藤さんのイチゴ栽培に関する講釈は続く。かかってしまうと出荷できないような、さまざまな病気があること。ときおりアライグマやネズミが、穴を掘ってビニールハウスの中に侵入してくること。これまで生涯でイチゴ狩りにしか縁がなかった僕は、イチゴ農家が手間の塊であることを知った。 「それ、なんですか?」 「ああ、好きそうだな」  僕は、権藤さんが腰につけているものに目がいった。腰から背中にかけて、見慣れない器具がバンドで固定されている。選別作業が少し落ち着いてから、訊いてみた。 「腰痛防止用のスーツだそうだ。まあ、要るのは四、五十代からだろう。電気が要らないんだと」  つまりアシストスーツ? もっとメカメカしいものな気がしたけど、最近は進んでいるのか。電気をつかわないということは、空気圧かゴム圧だけで動くってことか。  権藤さんは情報システム担当を募集していただけあり、意外と新しいものには柔軟なんだなと思った。それにしては、その手の話をするときの権藤さんは別に活き活きとしていないように思う。手段自体に興味はない、それはベテランとしては健全なのかもしれない。新人の僕はといえば真逆で、大いに興味アリだ。  それから昼まではずっとイチゴ収穫に精を出した。ビニールハウスは全部で二棟あり、そのうち一棟は、実がなる前の苗が植えられている。時期的には、今来週くらいには苗を植える場所を空けるために、収穫をすべて終わらせる必要がある。のんびりとイチゴ狩り気分でやっている余裕はなさそうだ。  待ちに待った昼食の時間となった。作業の合間だからそこまで手間のかかったものではないけれど、だからこそ素材の味が生きるものが多い。野菜はとれたてをほぼそのまま洗って、てきとうなドレッシングで食べる。主食はにぎり飯がほとんど。タッパー入りのおかずは紙皿に取り出して分け合う。  源川社長のご夫人いわく、おかずは時期によっては内容がとても偏るのだそうだ。 「ひどいときは全部ねぎかにんじんになるからね。アスパラ、里芋とかはよほど形のわるいものがない限り、めったに食べれないよ。出たらみんな喜んでちょうだいね」  今日のメニューは、にんじんと豚ロースの炒め物だった。 「ビビンバみたいでこれうまいっすわ」 「そりゃ、ぜんまいが入ってるからだろう? ただの炒め物だよ」 「いやいやご謙遜を」 「……お喋りな新人だよ」  ご夫人は、農地とは別に社員寮のとなりにある野菜畑を管理してくれている。ぜんまいは、毎日の食事に飽きないようわざわざ山から採ってきたのだそうだ。源川社長と違って寡黙だけれど、社長とは違ったベクトルの思いやりを感じる。  もちろん、副菜もある。レタスが一玉まるごと中央にどんと置かれ、豪快に六分割して各自に渡される。 「食うだけ食っときな。悪いものは入ってないから」  東京にいたころは、昼食にがっつりした定食なんてとてもじゃないけど食べれなかった。昼下がりごろに眠気がやってくるからだ。今の環境だと、いくら食べても食べても、その日のうちに力を使いきって眠りにつく。エネルギーの循環に無駄がないのは、気持ちのいいことだった。  ご夫人はいつも福利厚生という名目で、大量につくったおかずをおすそ分けしてくれる。夕食となると流石に毎日全員分とはいかないので、社員寮の炊事場で各自が自炊することになっている。  お昼がひと段落したタイミングで、「地域への挨拶回りをしよう」と社長から声がかかった。朝礼のときには外回りと言っていたっけ。本音を言うと農家組合の飲み会でもうお腹一杯だけど、相手がお客さんならしかたがない。 「地域の集まりだけじゃなくて、きちんと買ってくれる人にもごあいさつしないとね」  源川さんはちょうど僕の疑問に答え、なおかつ念を押した。そして丸椅子からヨイショと立ち上がると、それに合わせて各々が外に出る支度をしはじめた。  農舎に停めてある中型のバンに段ボールを積んでいると、上京するときの引っ越しを思い出す。絶対に収まらなさそうな量の荷物も、案外余裕だったりするから不思議だ。相当数の段ボールを載せてもシートを倒す必要はなく、社長と研修生全員が乗ることができた。  車内では坂口さんの名前が、亮大であることを、社長の名前が亮太であることをいじっていた。 「点が一個、あるかないかなんだよね。読みも同じだしね」 「勝手ですけどなんか親近感沸いちゃって」 「いやいや、嬉しいよ」 「何件くらい回るんですか?」松浦さんは情報収集を欠かさない。 「自動の日は四、五件。そうでない日は、二、三件が限度だ! 今日いくところは、だいたいがお得意さん。まずは直販してるお客さんからだな」  峠道でエンジンがうなりを上げているのに合わせて、権藤さんの声量も大きくなる。中型のバンだと対向車とのすれ違いもギリギリで、生い茂った枝葉がフロントガラスをつついた。  権藤さんの言うとおり、最初は大家族の住まうお家に向かった。紺色の瓦づくりで、庭園のあるちょっとした邸宅だ。こうして個人でうちの農園と契約を結んでいる人もいるらしく、二、三週間おきくらいに届けているそうだ――だから六月中旬くらいには、また行くことになるだろう。もしかすると僕一人で。  夫らしき人の向けてくれた笑顔がまぶしい。帰り際、バンの中から子供たちに手を振ってみたら警戒心むき出しの視線を食らってしまった。  お次は峠の途中にある、見晴らしのいい立地に建てられたレストラン。「今年は三人も来てくれたんですよ」 「おお、わかーい!」  オーナーのおばさんは開口一番、就農組の若さに驚きの様子だ。  バンのトランクを開けて、農園専用のダンボール箱を引きずり出した。市の名産アスパラガスと、ビタミンをウリにしたほうれん草をまとめたパックを、引越し業者の要領で店の勝手口まで運んでいく。開きかけのドアからは、石窯のある厨房が見えた。 折角だからどんな料理に使っているか知りたい。クリスマスカラーの看板に「ピザ・パスタの店」とかいてあるから大体は想像がつくけど、実際に食べてみたいと思った。 「あなたたちどこから来たの?」 「ああ、彼は東京から移住してきて。この子たちは、お家や親戚のお手伝いのためにうちで勉強中」 「感心ねー、貴重な人材だから頑張ってね! 今度みんなで来たら?」 「ありがとうございます、ぜひ!」  社長に「行くよね!」と言わんばかりの笑顔を向けられてしまったのでとっさに答えてしまった。  外回りから戻ってきてからも農作業はまだ続く。農家の一日は意外に単純作業ではなく、柔軟に分担を変えてスイッチしていかないといけない。仕事で触れ合う『自然』には、そこで働く人間も一緒に含まれているのだ。  ビニールハウス内での作業はまだまだ残っている。収穫を終えたあとの後片付けをしておかないと、次にイチゴを植える土が貧弱になってしまうからだ。これは松浦さんから直接聞いた話だから、それ以上のことは、これから教えてもらう必要がある。 「あのお店、今度行ってみたいですねー」  店主へのとっさの受け答えで、ほぼ実質予約してしまったに近いあのレストラン。確かに本格的なピザ窯もあったし、卸しているものがどう料理になって出てくるのかは気になった。  ひと仕事終えてハウスから出てくると、もう、夕日を拝む時間になっていた。スローライフという言葉があるけど、まったく現実味がない。むしろ時間の流れが早くなっている気がする。  でも、「時間の流れが遅く感じる」ことがスローライフというわけではないのかもしれない。ところどころにある林、山々の向こう側に抜けていく筋雲、何百メートルかおきに立っている高架線。それらを見ていると、少しの間自分が消えて、五感でいっぱいになるような気がした。  夕食とシャワーを終えて社員寮の自室まで戻ってくると、もう二十一時を回っていた。本当なら二十三時くらいまで自由時間を謳歌したいけど、あと三十分もしたら眠くなってきてしまうだろう。疲れは持ち越せないし、何よりも眠気はあらゆるモチベーションを奪ってしまう……。  僕はそのごく短い時間に趣味のプログラミングができないか、あれこれとやり繰りしている。プログラミングと一口に言ってしまうのも嫌だけど、誰かに説明するにはその言葉しかない。  一から自分でなにかを作る時間はないから、人が作って公開したもののブラッシュアップを手伝っている。それならソースコードをほんのちょっとずつ書いて進められるので、一日三十分の作業時間でも参加できるのだ。  実際はPCのエディターに向き合っている時間は十分くらいで、エディターに書いたソースコードも、結局気に入らないで消してしまうときもある。あとは情報収集と称してぼーっとネットサーフィンしているのがほとんどだ。なんとなく目を引くブログ記事をざっと流し読みして「あとで見る」の中にしまうのが日課。今日はオンラインイベントの募集サイトであるcoonpaasを眺めていた。異業種の孤独を癒すため、ちょっとした集まりがあれば出てみるのもいいかもしれない。  僕はプロジェクトの荒波に揉まれ、マラソンに疲れてドロップアウトしてしまった。しぶとく面接を受け続け、エンジニアとして転職したほうがもしかすると楽しい道を歩めていたのかもしれない。僕が今歩いている道は、優先道路から外れた、小さな側道といったところだろう。それでも、業界と完全に縁を切る気にはなれなかった。  もう、ベッドに入らないといけない時間だ。電気を消して布団の中に入ることは、明日にワープするのとほぼ同じことを意味する。  都会にいたときは寝つきの悪かった僕も、今では五分と待たず眠りに落ちて……。
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