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「ただいまぁ」
家の玄関を開け、靴を脱ごうと下を向くと、見覚えのない靴が一足並べられていた。男物の革靴だ。まさか、と顔を上げると同時に、リビングからひとりの男が姿を現した。
「おかえり、神狩」
「……漣!」
そのすずしげな微笑みを見て、神狩は慌てて背筋を伸ばした。急いで靴を脱ぎ、彼の微笑みに顔を近づける。
「もう来てたの?」
「ついさっきだよ」
黒乃漣は眼鏡の奥にある目を細め、神狩を上から下まで見渡した。
「久しぶりだね。制服、似合ってるよ」
「あ、あり、がと……」
ストレートな褒め言葉に、神狩は頬を赤く染めた。この男はいつもそうだ。嘘偽りのないまっすぐな言葉で、優しく心をあたためてくれる。心臓がどきどきして、胸がきゅっと苦しくなる。ふたりの会話を聞いていた花梨が、あきれたようにせせら笑った。
「言っとくけど、私も言われたからね」
「うっさい!」
茶々を入れる妹を一喝して、神狩はリビングの椅子へと腰を下ろした。テーブルの上には母が作った夕食が並べられている。ローストビーフなんていつもは出さないくせに。漣が来ると気合いが入るのは、神狩だけではないようだ。
「すいません、気を遣わせてしまって……」
向かい側に腰かけた漣が、料理を運んでくる母に申し訳なさそうに言った。
「あら、全然いいのよ。漣君が来てくれるだけで嬉しいわ」
だらしなく口元をゆるませる母に、神狩と花梨は顔を見合わせて息をついた。漣が来るといつもこの調子だ。
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