36人が本棚に入れています
本棚に追加
「待たせて悪かったな」
入り口の方から、聞き覚えのある声がした。振り向くと、そこには予想どおりの人物が立っていた。ストライプのシャツに黒いズボン。赤銅色の髪。優しい微笑み。
「覚悟はできたってわけ?」
朝霧はだるそうに首を回しながら、白雪の隣に腰かけた。それと同時に白雪は立ち上がり、再びキッチンの方に歩いていった。どうやら、朝霧の紅茶を用意するらしい。
「大抵のやつは1回殺したらやめるんだけどな。お前、素質あるよ。殺したい理由でも増えたのか?」
「それも、あるけど」
どうしてこの男は、こんなに鋭いのだろう。自分の心が見透かされているようだ。
「……殺したい人も、増えたの」
「ふぅん」
朝霧は足を組み、満足そうににやにやと笑った。まるで棗が殺人を犯すのを期待しているような、意地悪な表情だ。戻ってきた白雪が、朝霧に紅茶を差し出した。ティーカップが朝霧の手に渡ると、彼女は再び朝霧の隣にちょこんと腰かけた。
朝霧が紅茶を口にしたので、棗も合わせるようにティーカップを手に取った。淹れたてのため、飲むにはまだ熱すぎる。舌に感じる熱さなんてものともせず、朝霧は流れるような動作で紅茶を一口飲んだ。
その一連の動作は若者にはふさわしくない、とても上品なものだった。髪色や、耳のピアスとは真逆にある、気品をまとった仕草。まるでどこかの貴族のようだ。よくよく見てみれば、棗の手にあるティーカップも高級そうな雰囲気を醸し出しており、この寂れた空間にはそぐわないもののように思える。口をつけることを諦めて、棗は慎重にティーカップをテーブルに置いた。
「……また、この子を殺すの?」
朝霧が、組んでいた足を戻した。紅茶を手から離し、ふわりとやわらかく微笑んだ。
「そうだよ」
「嘘でしょ」
緊張を握り潰すように、棗は両手を強く握り締めた。
「昨日のナイフ、何か仕掛けがあったんでしょ」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、死んでないじゃない、その子。昨日はびっくりしちゃったけど、手品か何かなんでしょ。でなきゃ『殺せ』なんて言うはずない」
言葉にしたら、自分の正しさが強まったような気がした。そうだ、そうに違いない。だって白雪は生きている。動いている。自分はただ、悪趣味な悪戯に騙されただけなのだ。
白雪が、意見を求めるようにちらりと朝霧を見た。だが朝霧は、興味深そうに棗を見たまま動かない。まるで棗が反抗したことを喜ぶかのように、口元に浮かべた笑みを消さない。
「そう思うなら、今度はこっちでやってみる?」
ソファに預けていた背中を起こし、朝霧はズボンのポケットに手を突っ込んだ。ほら、と棗の前に差し出したのは、小さな銃だった。
「……なぁに、これ」
「今度はこれで、殺してみな」
できないの? そう、挑発するように、朝霧が目を細めた。ここまで来たら、あとには引けない。棗はぐっと唇を噛み締めて、朝霧から銃を受け取った。
最初のコメントを投稿しよう!