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大きな銃声が弾けたあとは、まるで反動のように、こわいほどの静寂が部屋中に満ち溢れた。
肩の力を抜いたら、銃がこと切れたようにごとりと床に落ちた。赤に支配された空間を、棗は他人事のようにぼんやりと眺めた。
白雪が、倒れている。床に広がった血の絨毯の上に転がっている。それは棗の放った銃弾が、確かに白雪の胸を貫いた証拠だった。
ああ。
きっとこれは、悪い夢だ。
「……ねぇ、いつまで死んだふりしてるの」
棗はふらふらとその場にしゃがみ込んだ。
「ねぇ、起きてよ」
血で汚れた体を揺すっても、白雪は抵抗することもなく、なすがままに揺られている。
ねぇ。ねぇ。ねぇってば。
手が赤く染まることも気にせず、棗は白雪を揺すり続けた。
どうせ死んだふりをしているんでしょ? 私には分かってるんだからね。だからねぇ、悪趣味な悪戯はやめてよ。もう一度、私を見てよ。
祈りが焦りに変わり始めた。棗は揺することをやめ、おそるおそる、右手を白雪の胸元へと移動させた。心臓があるはずの位置を触れても、何の感触も伝わってこない。どれだけ耳を澄ませても、心臓の音は聞こえない。
「手品なんかじゃ、ないんだよ」
氷のように冷たい声が、静寂を静かに打ち破った。
「お前は昨日、こいつを殺した。……今もな」
棗は呆然と、抜け殻になった少女を眺めた。まるで赤いドレスをまとっているようだ。残酷なほど美しい、その屍。その赤色。
殺した。自分が、白雪を殺した。特別親しかったわけではない。会話だって数えるほどしかしていない。だけど自分は、確かにこの少女を殺してしまったのだ。彼女の人生を、終わらせてしまったのだ。こんなに小さな女の子の命を。人生を。たった一瞬で、奪ってしまったのだ。
胃の中のものが逆流してくるのを感じ、棗は咄嗟に口を押さえた。胃酸が喉元までこみ上げ、中身のない嘔吐を繰り返した。涙で視界が滲んで、白雪の体がよく見えない。昨日と同じ、気が狂いそうなほどの赤だけが、視界いっぱいに広がっていた。
体の奥底から、じわじわとおそろしさが湧き上がってきた。おそろしい。目の前に転がる屍も、自分が今、してしまったことも。全身が痙攣したように、小刻みに震え出した。
これが、死。これが、殺人。
朝霧が、うずくまる棗の横を通り過ぎ、白雪の前にしゃがみ込んだ。暗い色の瞳が、息絶えた白雪を映して、悲しそうに揺らいだ。唇を動かして、小さな声でささやいた。その声は棗の耳に届く前に、空気に溶けて消えてしまった。壊れ物を扱うかのように、朝霧はそっと白雪の体を抱きかかえた。それからゆっくりと立ち上がって、また、あの優しい微笑みを棗に向けた。
「落ち着いたら、シャワー浴びてこいよ。着替え、用意してやるから」
棗は何も答えなかった。体の奥底から湧き上がる吐き気と恐怖に怯え、血だまりの中で、じっと体を縮め続けた。
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