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何だ、それ。
次から次へと聞かされる非現実的な話に、棗はぽかんと口を開けた。命が1000個あるとは、不死のようなものだろうか。全くもって信じられない。だが現にキッチンには、先ほど死んだはずの白雪がいる。
元々棗は、幽霊や妖怪の類は信じていない。しかし白雪が不死身だと言われたら、信じざるをえない。棗が放った銃弾は確かに白雪の心臓を貫き、命を奪ったのだから。
殺しても死なない「殺され屋」の白雪。彼女が人間に近づくためには、多すぎる命を一つ一つ消費していかなければならないらしい。確かにそれだけ考えれば、白雪を殺すことは、彼女にとってデメリットではないのかもしれない。だが、殺しても死なない人間を殺すことは、はたして正しいことなのだろうか。それに、と棗は、白雪の言葉を思い出した。
――私を殺せるのは、紫苑だけだから。
めったに表情を変えない白雪が、朝霧を語るその口調は、どこか悲しげだった。ふたりがどういう関係なのかは分からないが、きっと白雪にとって朝霧は、かけがえのない存在なのだろう。
「だからって……あの子が何度も殺されて、あなたはいいの?」
「何が?」
「だって、そばにいる人が何度も死ぬのよ。……つらくないの?」
極めて普通のことを言ったつもりだったが、朝霧は嘲るように笑い声を上げた。
「俺とあいつは、あんたが思ってるような関係じゃない。お互いにとって都合がいいから一緒にいるだけだ。あいつがどうなろうが、知ったこっちゃないんだよ」
「そんな……」
なんて冷たい人間なんだ。1番近しい人間が何度死んでも、何とも思わないというのか。この男のことを少しでも優しいと思ってしまった自分を恥じた。この男は、狂っている。こんな薄情な男を慕う白雪のことを考えたら、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
「でもあの子は、あなたのこと慕ってるのに。それでも何とも思わないの?」
「あいつには感情なんてない。痛みも感じない。ただの動く人形だ」
「そんなことない。だってさっき、あの子は……」
「何でそんなにあいつのこと気にするわけ?」
朝霧が、苛立ったように身を乗り出した。暗い色の瞳に、鋭い光が宿る。空気が、刃を持ったように棗の肌を攻撃してくるのを感じた。
「あんたそうやって、殺す相手のこといちいち気にするのか?」
「それは……」
反論しようと口を開けたが、何の言葉も見つからなかった。彼の言うことは無茶苦茶だが、正論だ。殺意という癌を持っている自分が何を言っても、説得力は皆無だ。
黙り込んだ棗に追い討ちをかけるよう、朝霧は同情めいた眼差しを向けた。
「その優しさを殺したいやつに向けられないなら、お前も俺と変わらないよ」
キッチンから、肉の焼ける音がした。白雪が、大きなフライパンを小さな手で持ちながら、懸命に料理を作っている。朝霧のために。そして、自分を殺した棗のために。
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