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翌日は、昨日の雲が嘘のように晴れていた。散らかっていた部屋を片づけてから、棗は大学へと向かった。外に出たら、春にしては強すぎる日差しが容赦なく棗に降り注いできた。そういえば、大学の桜も満開を過ぎて、少しずつ緑が混じり始めている。
学部棟の裏は、ちょうど建物が盾となって、広い日陰ができていた。桜の木がひっそりと何本も立ち並ぶこの場所は、ちょっとした花見の穴場になっている。2限が終わったばかりの12時。棗が到着した時、そこにはすでに先客がいた。
「七海」
声をかけると、七海は携帯電話から目線を上げた。棗を見て、顔をぱっと輝かせる。棗は笑顔を浮かべながら、早足で七海に近寄った。
「ごめんね、遅れて」
「ううん。でも、何でわざわざこんなところで? レジュメ渡すだけなら、教室でもいいのに……」
「ちょっと、他に用事があったの」
七海がふしぎそうに首を傾げた。その子犬のような仕草を、いつもかわいいと思っていた。こんな女の子になれたらいいと願っていた。昨日までの自分を思い出したら、愚かさで笑いがこみ上げてきた。
カバンに手を入れて、冷たい感覚を確かめた。昨晩、朝霧たちのビルから出たあと、慌てて手に入れたものだ。恐怖心なんかない。緊張なんてしていない。ゆっくりとカバンから取り出して、目の前の女へ狙いを定める。
「……なぁに、それ?」
「銃だよ」
「え? ……どういうこと?」
「身に覚え、ないの?」
試すように言うと、七海の顔はみるみるうちに青ざめて、先ほどまでとは別人のように不細工になった。全身をぶるぶる震わせて、保身のための弁解を必死に考えているようだ。
ああ、何だ。自分が殺そうとしている女は、こんなにもちっぽけな存在だったのか。裏切りを知られたくないのなら、裏切らなければいいのに。浅はかで、ちっぽけで、どうしようもないクズ女。こんな奴、生きている価値なんてない。
狙いを、定めて。
耳元で、朝霧の声が聞こえた。心臓を狙え。相手から目を逸らすな。覚悟を決めろ。憎しみを、弾丸に変えろ。
――ぱぁん。
満開の桜の下で、1発の銃声が鳴り響いた。
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