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「……今、あなたは死んだの」
おもちゃの銃をカバンにしまって、棗は冷たく吐き捨てた。七海は腰が抜けたように、へなへなと地面に崩れ落ちた。
「私が、殺したの。だからもう、話しかけてこないでね」
七海は魂が抜けたように、呆然と棗を見上げている。その間抜け面がおかしくて、棗は思わず吹き出した。やっぱりこの女は、生きている価値なんてない。こんな女のために、自分が手を汚す必要はもっとない。
じゃあね、クズ女。
放心した七海に背を向けて、棗は軽い足取りでその場をあとにした。
ポケットから携帯電話を取り出して、電話帳を開いた。斎賀翔吾のページを表示して、ためらわずに削除する。そうしたら、心に乗っていた重い鉛が、すとんとどこかに消えてしまって、途端に体が軽くなった。
「棗」
後ろから名前を呼ばれた棗は、足をとめて振り向いた。愛梨が、遠慮がちにこちらに近づいてくるところだった。
「見てたの?」
愛梨は気まずそうに目を逸らし、ごめん、と小さくつぶやいた。その様子がなんだかおかしくて、棗はにっこり笑ってみせた。
再び歩き始めた棗のあとを、愛梨は慌てて追いかけてきた。肩を並べて歩いても、なかなか会話は始まらなかった。ただ春の陽気を味わうように、太陽の日差しを浴びながら、ゆっくりと足を動かしていく。
「頑張ったね」
小さな声で、愛梨が静かにつぶやいた。その言葉を聞いた途端、悲しくなんてないはずなのに、棗の瞳にじんわりと涙がこみ上げてきた。うん、と短く答えたら、思いのほか声がかすれてしまった。
手の甲で涙を拭って、空を見上げた。雲一つない青い空に、桜の花びらが散っている。
春は出会いの季節だと、誰かが言っていた。だけどもうその季節も、徐々に移り変わろうとしている。変化を求めて。新しい季節へ進む準備をしているのだ。
棗は愛梨の方を振り向いて、彼女の手をぎゅっと握った。
「ねぇ、ご飯食べいこうよ」
「……うん」
愛梨は嬉しそうに笑って、棗の手を握り返した。殺意が本当に消えたのか、今の自分には分からない。恨みだって憎しみだって、まだまだ心に残っている。
だけどとりあえず今は、おいしいものを食べにいこう。
キャンパスの外に出ても、ふたりは繋いだ手を離さなかった。
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