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外は、雨だった。
無数に垂れる糸のような軌跡を、縁側に座ってぼんやりと眺める。襖の向こう側から、親族の声が聞こえてくる。耳を傾けると、母の死を嘆く沢木のわざとらしい台詞が聞こえてきた。今すぐ殴りかかりたい衝動に駆られたが、そうしたところで、殴られるのは自分の方だ。
母の死はあまりにもあっけなく訪れた。長年の過労と心労が積もった結果だと、かかりつけの医者は言った。最後に交わした言葉は何だったっけ。もうずいぶん前のことのような気がする。失って初めて気づくとはこういうことなのか。母が死んで初めて、その偉大さと、自分がどうしようもないクズであることを思い知った。
俺のせいだ。
強まっていく雨を眺めながら、隆也は力なく項垂れた。大学受験に失敗し、引きこもりになった。今年でもう28になるというのに、母の優しさに甘えて就職活動すらしようとしなかった。自分の殻に閉じこもって、自分をかわいそうなやつだと思い込んで、母の気持ちなど考えようともしなかった。そんな母が、誰かに縋りたくなるのは当然のことだったのだ。
だが縋った相手は、とんでもない男だった。沢木創。今この瞬間も、襖の向こうでわざとらしい演説を行っている偽善者。この男は母にすり寄り、甘い言葉で金を引き出させた。初めて見た時から分かっていた。こいつは母を不幸にすると。だが、何も言えなかった。何もできなかった。母が幸せになるならと、悪い予感に気づかないふりをした。それがいけなかったのだ。結果、こうして母を失うことになってしまった。母は、殺されたのだ。沢木と、自分に。
あの男を、排除しなければ。このままやつを野放しにしていたら、きっと親族も丸め込んで、母の遺産を根こそぎ持っていってしまうだろう。とめなければいけない。だが、どうすれば。
土から跳ね返る雨が、隆也の足元を濡らしていく。泥が絡まって気持ちが悪い。だがそんなこと、今はどうでもいいのだ。どうすれば沢木を排除できるのか。弁護士に相談するにも金がない。相談できる相手もいない。親族はすっかり沢木を信頼してしまっている。
どうすれば、どうしたら。
「隆也」
ふいに、背後から名前を呼ばれた。振り向くと、セーラー服のスカートが目に入った。徐々に視線を上げていく。日本人形のように切り揃えられた長い黒髪。大きな瞳。こうやって名前を呼ばれるのは何年ぶりだろう。
「杏璃……」
「まだそんなとこにいたの」
従兄妹である仁科杏璃は、両手を腰にあててあきれたように息を吐いた。
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