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「……ここは、俺の家だ」
「まぁ、それもそうだけどさ」
杏璃は隆也の隣に腰を下ろし、ぶらぶらと両足を振ってみせた。長い髪を手で払い、気だるそうに外を眺める。
中学2年生になったばかりの杏璃は、以前会った時とは見違えるほど美しく成長していた。それもむりはない。最後に会ったのは、彼女がまだ小学生の時だ。
あの時はもう少しかわいげがあったのに。隣に座るツンケンとした少女の横顔を眺め、隆也は心の中で息を吐いた。
「あたし、あいつ、きらい」
「あいつって……沢木?」
「うん。でも、あんたもきらい」
杏璃が、嫌悪を含んだ瞳を隆也に向けた。
「ひとりでうじうじしちゃって。そもそもあんたがちゃんとしてれば、由美子叔母さんも幸せになれたのよ。なのにさ、あんたは何もしないで喚いてるだけなんだもん。かっこ悪い」
「そんなに言うこと、ないだろ……」
いくら本当のことでも、ここまではっきり言われると心がへこむ。杏璃は苛立ちを噛み締めるように、親指の爪を口にくわえた。
「きっとあいつ、まだうちからお金奪う気だよ。お母さんもお父さんもばかだよね。すっかりあいつのこと信じちゃってさ」
襖の奥から聞こえる親しげな会話は、絶えることはない。まるで何十年も前からそこにいたように、沢木はこの家になじんでしまった。自分なんかよりよっぽど家族らしい。
水たまりに映る自分が、あきれ顔でこちらを見てくる。杏璃の言うとおり、情けない顔をしている。引きこもりで働きもしない男の言うことより、沢木のことを信じるのは当然だ。自分には何の力もない。母の仇を討つことも、沢木を排除することも。
「……あたしね」
ぽつりと、杏璃がつぶやいた。何かを覚悟したように遠くを眺める、その横顔が、きれいだと思った。
「あいつのこと、殺そうと思うの」
「……は?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。殺す? 杏璃が、沢木を?
「な、何言ってんだよ」
「本気」
冗談だと思われたのが不快だったのか、杏璃はぎろりと隆也を睨んだ。
「だってこのままじゃ、きっとお母さんたちも殺される。事故に見せかけて、あたしから何もかも奪っていくんだ。あたしには分かるの。……こないだ、お母さんがあいつと電話してたの。お父さんのことが邪魔だって。早く離婚して、慰謝料とって、一緒になろうって言ってたのよ。ばかみたいでしょ。だからね、壊される前に殺すの。あたしの家族を守りたいから。あたしの言うことなんか誰も聞いてくれない。あたしが子供だから。だからこそ、殺すの」
雨音が隆也の思考能力を奪っていく。彼女の強い眼差しが、決意を表すように鋭く光った。
「だけど殺すって……杏璃はまだ中学生だし、そんなことしたら……」
「だからこそよ。中学生だから罪は重くない。あたし、本気よ」
「それに殺すって、どうやって? 相手は沢木だ。一筋縄じゃいかないよ……」
「そんなの、練習すればいいのよ」
「れ、練習?」
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