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翌日。夕日が西に沈む気配を見せ始めた時刻。
隆也と杏璃は、「殺され屋」を探すため、人気のない路地裏に来ていた。コンクリートで阻まれた視界は、夜のようにひっそりと暗い。先ほどまでうるさいと思っていた街の騒音が、途端に恋しくなった。
「本当にこの辺で合ってるの?」
「たぶん」
携帯画面に表示された地図を見ながら、隆也は頭を掻いた。昨晩インターネットで「殺され屋」の情報を検索したが、ヒットするものは数件しかなかった。「廃ビルの密集した路地裏」に行けば、「殺され屋」に会える。そんな細すぎる糸のような情報に縋って、なんとかこの場所に来たものの、その頼りは今にもちぎれてしまいそうだ。
あたりを見渡しても、ホラースポットのような寂れたビルが立ち並ぶだけ。「殺され屋」どころか、一般人の影すらない。そもそも、「殺され屋」とは本当に存在するのだろうか。やはり子供の間でささやかれる、噂話に過ぎなかったのか。
「しっかりしなさいよ。大人でしょ」
「こんな時だけ頼るなよ」
「じゃあもう、叫んでみようよ」
「叫ぶって何を」
いやな予感がした。携帯電話の画面から顔を上げると、杏璃が大きく息を吸っているところだった。まずい。とめようと手を伸ばしたが、もう遅かった。
「殺され屋さーん! どこですか!?」
「ちょっと、そんな、やめろよ……!」
いくら人気がないとはいえ、このビルのすぐ裏は大通りだ。誰かが杏璃を見たら、警察に通報されてしまうかもしれない。杏璃をとめようと手を伸ばしたら、思い切り頬を引っぱたかれた。
「いたっ」
「邪魔しないでよ!」
「こんなところで大声出すなよ!」
「だってこうしないと永遠に目的果たせないじゃない。殺され屋さーん!」
「だから、やめろって……」
若いってこんなにもおそろしいものなのか。羞恥心くらい覚えてほしい。杏璃をとめようと必死になっていると、頭上から、男の声が降ってきた。
「お客さん?」
透明な水のように澄んだ声だ。隆也と杏璃は、同時に頭上を見上げた。
赤い夕焼けを背景に、廃れたビルの窓から、若い男がこちらを見ていた。赤銅色の髪が夕焼けと同化して、空に溶けてしまいそうだ。暗い色の瞳が、ふたりを見て優しく微笑んだ。まるで貴族のような上品な微笑み。首から下げた十字架が、今にもこちらに落ちてきそうだ。
「いらっしゃい」
男は笑みを絶やさぬまま、ふたりをビルへと手招いた。
「『殺され屋』の朝霧です」
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