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杏璃と白雪が戻ってきたのは、窓から見える空が群青色に変化した頃だった。
「ただいま、紫苑……」
「重たい!」
「お疲れ」
朝霧はソファから立ち上がり、ふたりの手から買い物袋を取った。
「いっぱい買ったな」
「この子がどんどん買い物かごに入れてくんだもん」
杏璃に指をさされても、白雪は何の反応も示さない。朝霧は苦笑しながら買い物袋をキッチンに運んだ。
「じゃあ、ちょうどいいや。お前らふたりで飯、作ってくれよ」
「は? 何で?」
「俺が腹減ってるから」
「何それ、真面目にやってよ」
「お前、もしかして飯作れないの?」
「……作れるわよ、それくらい」
杏璃が小声で答えると、朝霧はますますおかしそうに手のひらで口元を覆った。
「じゃ、仲よくよろしく。できたら呼んで」
不満げな表情の杏璃を残し、朝霧はそのまま部屋から出ていってしまった。
「……何、あの男」
部屋の扉を見つめながら、杏璃が吐き捨てるように言った。それから隆也の方に近づいて、
「今まで何話してたの? 殺し方、教わった?」
「いや、まだ……」
隆也が言葉を濁すと、杏璃は苛立ちを吐き出すようにため息をついた。キッチンに立っている白雪が、買ってきた食材を並べ始めた。杏璃の罵倒を浴びぬよう、隆也はソファから立ち上がった。
「俺も、手伝うよ。何すればいい?」
「ちょっと、隆也!」
キッチンへ向かう隆也の背中に、杏璃の叫び声があたった。振り返ると、案の定杏璃は鬼のような形相をしている。
「……この子ひとりじゃ、かわいそうだろ」
杏璃はまだ何か言いたげだったが、それ以上何も言うことはなかった。
キッチンに行くと、白雪が少し驚いたように隆也を見上げた。自分も背は高い方ではないが、こうしてすぐ近くに立つと、白雪の小ささと美しさに目を見張る。見た目は確かに子供なのに、その容姿はすでに完成されているのだ。同じ人間とは思えない。もしかしたら本当に、人間ではないのかもしれない、という気さえする。白雪は、何かを見定めるようにじっと隆也を見上げていた。それは先ほどの朝霧と同じだ。
手伝うなんて差し出がましかったかもしれない。少したじろいだが、白雪は隆也に向かって頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
面と向かってお礼を言われるなんて、いつ以来だろう。なんだか気恥ずかしくなって、隆也は思わず目を逸らした。
「で、何を作るの?」
「ロールキャベツです」
「よかった。それなら俺も手伝えるよ」
必要な食材をすべて並べ終え、ふたりは早速調理を開始した。杏璃は煮えきらない表情でふたりを眺めていたが、手持ち無沙汰になったのか、しぶしぶキッチンへと入ってきた。
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