第2話 仁科隆也

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 朝霧の案内で2階へと下りると、そこは部屋と呼ぶにはあまりにも乏しい空間だった。冷たいコンクリートの床。家具なんて一つもない。ただの物置みたいな場所だ。 「とりあえず、お前からな」  朝霧は部屋の真ん中に立つと、そう言って隆也に黒い塊を差し出した。テレビや漫画で見たことがある。黒くて少し光沢のあるそれを、おそるおそる受け取る。途端に、ずしりとした重みが手のひらにのしかかってきた。 「……これ、本物?」 「試してみな」  朝霧がにやりと微笑んだ。 「試すって……」 「これで、白雪を撃つんだ」  隆也は銃を握り締めたまま振り返った。  白雪と杏璃が、蛍光灯の光の真下に立っている。朝霧の残酷な言葉を聞いても、白雪は少しの動揺も見せない。 「……ちょっと、何言ってんの?」  杏璃は蒼白な顔をして、白雪の手をぎゅっと握った。今まで誰の手もつかまなかった彼女が、白雪の小さな手を、抱き締めるように握っている。 「殺し方、知りたいんだろ? だったら言うとおりにしろよ。殺人っていうのを、教えてやるからさ」 「でも……」 「やれよ、隆也」  ためらう杏璃を無視して、朝霧が隆也を急かす。  この銃は本物なのだろうか。黒い凶器をじっと見つめる。もしかしたらおもちゃなのかもしれない。実弾が込められている保証はどこにもない。だけど、おもちゃという証拠もない。なぜ、朝霧はこんなことをさせるのだろう。白雪が死んでもいいというのか。それとも、何か別の理由があるのだろうか――  答えを求めるように、もう一度白雪を見た。白雪は青色のきれいな瞳を、じっと隆也に向けていた。  ああ、これは。  その瞳の奥に秘められた覚悟に、はっとした。  これは、朝霧を信じている目だ。恐怖なんてどこにもない。白雪は、覚悟を決めている。そして、自分を信じて、と言っている。  この引き金に指をかけたら、何かが変わるだろうか。このどうしようもない人生を、変えることができるだろうか。そして杏璃を、救うことができるのだろうか。 「ちょっと……隆也、本気?」  銃をかまえると、杏璃が焦ったように声を震わせた。 「ねぇ、ちょっと……」 「お前は白雪から離れてな」  朝霧が強引に、杏璃を白雪から引き剥がす。  やめて。やめて。ねぇ、やめてよ。  そんな悲痛な叫びが、隆也の鼓膜を震わせる。しかし一度銃をかまえれば、もう白雪しか目に入らなくなっていた。  何も感じない。何も聞こえない。額にじんわりと汗が滲む。その先にある未来なんて分からない。ただ、ここで引き金を引かなければ、何も変わることができない。それだけは、直感的に分かっていた。 「――やめて!」  杏璃の叫びを聞きながら、隆也は思い切り引き金を引いた。
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