第2話 仁科隆也

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 硝煙がゆらゆらと揺らいで、視界を曇らせた。  役目を終えた右手を力なく下ろした。全身の力が抜けていくのを感じる。少しでも気を抜いたら、このまま倒れ込んでしまいそうだ。今、目の前でこと切れている白雪のように。  とまった時間を動かすように、朝霧が隆也に近寄った。 「やるじゃん。やっぱお前、素質あるよ」 「……そう、かな」  なぜか、笑いがこみ上げた。目の前には白雪の死体が転がっているというのに。赤い血だまりに沈む彼女の体は、作りもののようにきれいだ。もはや一種の芸術品だ。小さな命の灯火を、自分が吹き消してしまったのだ。なのに自分は笑っている。なぜなのかは分からない。こうすることが最善だと思ったからだ。 「この分だと、お前が直接沢木ってやつを殺せそうだな。覚悟がないとか言ってたのは誰だよ。とんだ嘘つきだ」  朝霧の言葉が続く間に、杏璃がふらふらと白雪に近づいた。血だまりの中に膝をつき、呆然としながら体を揺さぶる。 「ねぇ、隆也」  杏璃が、抑揚のない声で隆也を呼んだ。 「この子、心臓動いてないよ」  白雪の小さな胸に耳をあてる。さっきまであったはずの命はもうどこにもない。白雪はもう、どこにもいない。 「体、冷たいよ……」 「当然だろ。死んだんだから」  朝霧が、冷酷な声で言い放った。先ほどまで見せていた優しさは微塵も感じられない。 「……何で?」  杏璃がふらりと立ち上がった。白雪の血が手足について、まるで杏璃自身が傷ついているように見えた。 「何で白雪を殺させたの?」  無機質なコンクリートに、杏璃の叫びが反響する。 「白雪はあんたのためにあんなに尽くしてたのに! 買い物の時も、あんたのすきなものばっかり買って、料理だって、へたくそなのに頑張って……なのに、どうしてこんな残酷なことができるのよ!」  朝霧は何も答えない。杏璃はぎろりと隆也を睨んだ。 「隆也……あんたもあんた! どうしてほいほい白雪を殺しちゃうのよ? この子は沢木じゃない! この子は死ぬ必要なんかない! ……せっかく仲よくなれたのに、何で……」 「……杏璃に、人殺しっていうのを分かってほしかったんだ」  声を絞り出したら、喉の奥がひりひりと傷んだ。 「う、うまく、しゃべれないんだ。体も震えるし、そっちが、見れないんだ。やっぱり杏璃に、こんなことは、させられないよ……させられ、ないんだよ……」 「……じゃあどうすればいいの?」  杏璃は隆也に近づいて、血に汚れた手で隆也のシャツをつかんだ。 「どうすれば家族を守れるの? どうすれば、どうすればあたしたちは幸せになれるの? どうすればあいつに復讐できる? 教えて、教えてよ……!」  杏璃の瞳から、ぽろぽろと、雨粒のような涙が溢れ始めた。小さな肩が小刻みに震えている。抱き締めようと伸ばした手を、隆也は力なく引っ込めた。銃を握ったままでは、杏璃を抱き締めてやることもできない。いたたまれなくなって、隆也は杏璃から目を逸らした。 「……どうして、泣いているんですか」  その時、か細い声が杏璃の泣き声に紛れて聞こえてきた。杏璃は泣くことをやめ、ゆっくりと、振り向いた。  死んだはずの白雪が、少しだけ頭を浮かせてこちらを見ていた。 「白、雪……」  杏璃がふらふらと白雪の元へ近寄った。崩れ落ちるように両膝をついて、白雪の手をぎゅっと握る。 「泣かないでください、私なんかのために」 「……死んで、ないの?」 「そいつは、1回殺されたくらいじゃ死ねないんだ」  それまで口を閉ざしていた朝霧が、ぶっきらぼうに言った。 「でも普通の人間の命は一つしかない。こんな奇跡は起こらない」  隆也はじっと杏璃と白雪を見つめた。杏璃は顔を上げない。朝霧は追い詰めるように、厳しい口調で続けた。 「なぁ、もう一度聞く。あんたには、人を殺す覚悟があるか?」  杏璃は何も答えなかった。長い髪に隠れて表情は見えない。  隆也は手の中の銃を強く握り直した。この重みを忘れてはいけないと思った。  外はもう夜の色に染まって、星の光すらこの部屋には届かない。夏はすぐそこだというのに、なんだか妙に肌寒かった。
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