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「正当防衛って、便利な言葉よね」
膝の上に乗せた白雪の髪を触りながら、杏璃がため息混じりにつぶやいた。
「私もやっぱ、一発くらい殴っときゃよかった」
「まだチャンスはあるかもな」
朝霧は苦笑気味にそう言って、隆也の方に目を向けた。
「腕の調子は?」
「ちょっとかすっただけだから大丈夫」
包帯の巻かれた腕をさすりながら、隆也は答えた。
「こいつ、全然命に別状ないのにショックで倒れたの。かっこ悪いでしょ」
「ちょ、言うなよ」
「本当のことだもん」
杏璃がつんと顔を背ける。相変わらず冷たいなぁ、と嘆きつつも、普段と変わりないやりとりにほっとした。
あのあと、駆けつけた警察により、沢木は逮捕された。一度終わりを迎えてしまえば、なんとあっけないことだろう。洗脳から冷めたように、叔母たちは沢木を悪魔だと非難し、隆也に詫びた。信じてあげられなくてすまなかった。そうやって涙を流されたら、こちらだってバツが悪い。自分に浴びせられた罵声も、許せるような気がするからふしぎなものだ。
「まだ裁判とかいろいろあって先は長いけど……とりあえずこれでひと段落だよ。ありがとな、朝霧。……白雪も」
「俺たちは何もしてないさ。『今』を変えたのは、お前自身だ」
朝霧はそう言って、アイスティーを一口飲んだ。白雪は杏璃に髪をいじられるがままだ。頬に触れる髪がくすぐったいのか、時折目を細めている。
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