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「杏璃」
「なぁに?」
「お前は今でも、あいつを殺したいって思うか?」
朝霧の言葉に、杏璃の表情が曇った。白雪が、心配そうに彼女の顔をのぞき込む。
「……ちょっとは思うよ。でも、簡単に殺してやるより、刑務所で地獄みたいな苦しみ味わってから死んじゃえばいいって思う」
「そうか」
朝霧が優しく杏璃に笑いかけた。杏璃は少し気恥かしそうにうつむいて、白雪の髪を優しく撫でた。
ようやく、本来の杏璃が戻ってきた気がする。杏璃の表情を見て、隆也は心の中で息を吐いた。もうあの鋭い眼光はどこにもない。ただの、ひとりの女子中学生に戻ることができたのだ。
「じゃ、帰るよ。……もう、ここには二度と来ない」
「ああ」
隆也が立ち上がると、杏璃も慌てて立ち上がった。その衝撃で、白雪が少しよろけそうになる。朝霧は座ったままだったが、白雪は玄関先まで見送りにきてくれた。
「じゃあね、朝霧!」
「はいはい」
杏璃が叫ぶと、朝霧はこちらを見ずにひらひらと手を振る。それから杏璃は、目の前にいる白雪にこっそりと耳打ちした。
「ねぇ、結局あんたは朝霧の何なの?」
白雪はこの間と同じように、困ったような表情をした。少し考えるような素振りをし、それから杏璃を見上げると、
「私は、紫苑の命です」
「命?」
杏璃と隆也は、訝しげに眉をひそめた。
「私が1回死ぬたびに、紫苑も、死んでいるんです。……だから私は、安心して死ぬことができるんです」
隆也は部屋の奥で座っている朝霧の後ろ姿を見た。白雪の声が聞こえなかったのか、朝霧は呑気に本を読んでいる。聞こえないふりをしているだけかもしれない。
「変なの」
杏璃はふしぎそうに首を傾げた。
ああ、そうか。白雪の強い眼差しを見て、隆也は納得した。隆也が銃を向けた時、彼女がこわがらなかった理由が分かった。朝霧のことを、心から信じているからだ。朝霧と白雪は、運命をともにしているのだ。
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