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ビルから出て、暗い路地裏から大通りへと抜けた。途端に、途絶えていた街の喧騒が耳についた。あれほどうるさいと思っていたこの街に、隆也はほっと安堵した。どこかの異世界から、本来あるべき世界に戻ってきた感覚だ。少し前まで、この景色の中に溶け込みたくはないと思っていた。自分の部屋に閉じこもって、朝から晩まで屍のように過ごしていた。
太陽の光が眩しい。杏璃の隣を歩きながら、青い空を見て目を細める。車の走る音もうるさいし、周りにいる他人は鬱陶しい。それでも今は、コンクリートを踏みしめる自分に誇らしさを感じる。
「……変なやつらだったな」
「うん」
風にさらわれる髪を押さえながら、杏璃がうなずいた。
「ねぇ、引き金を引くの、こわかった?」
「うん」
白雪を撃った時のことを思い出したら、ナイフで刺された腕がじんわりと疼いた。もう、誰かに銃を向けることは一生ないのだろう。白雪はきっかけをくれたのだ。自分自身に銃を向け、弱さを殺す覚悟をくれた。
「あたしをとめようとしてくれたのね。隆也のくせに」
「くせに、って何だよ」
「別に」
杏璃はふいっと顔を背け、大きく両腕を上げて伸びをした。
「あーあ、結局あんたの言うことが正しかったんだ。なんか癪だな」
「……あのさ、杏璃」
「ん?」
「俺、働こうと思う」
「……えっ!? な、何で? どうしたの? 頭打った?」
「ひどいな……。もう母さんもいないし、俺もこのままじゃ、だめだと思ってさ」
そう、もう自分は変わるのだ。朝霧がくれたきっかけと、白雪がくれた覚悟を胸に。天国にいる母親に、償いをするためにも。この一歩を、次に繋げていかなければいけない。
「……うん。それがいい」
杏璃はにっこりと笑った。ようやく、彼女の本当の笑顔が見れた気がした。
「もう一度、始めるんだ」
この青い空の下を、背を伸ばして歩いていく。明日に希望を感じながら、そう、強く誓った。
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