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黒乃漣は、神狩と花梨の幼なじみだ。親同士の仲がよく、小さい頃から兄のように慕っていた。現在は大学院で人体の研究をしているらしい。
いただきます、と手を合わせ、4人は一緒に夕食を食べ始めた。ひとり暮らしの彼を気遣って、母は時折こうして七星家に招待するのだ。
「漣君、神狩に勉強教えてやってよ。この子高校入試もギリギリで合格して、こないだのテストなんて後ろから数えたほうが順位早かったんだから」
「ちょ、言わないでよお母さん!」
「言わなくてもどうせバレるって……」
「うっさい花梨!」
母をとめても、今度は妹があきれた息をつく。恥じらいで顔を熱くする神狩を見て、漣はおかしそうにくすくすと笑った。
「神狩は飲み込みが早いから、コツさえつかめばすぐに理解できますよ。ね、神狩」
「……うん」
今度は別の意味で体温が上昇し、頬はさらに赤色を濃くした。こういう何気ない心遣いに、神狩は弱い。
「なみ君、甘やかしすぎ。でもそんな優しいとこがすきだな」
「ありがと、花梨」
そんな神狩の心を知ってか知らずか、漣は呑気に花梨に微笑みかけた。眼鏡の奥にある大きな瞳がすぅっと細くなって、いつもよりもっと優しくなる。
「漣君、ちゃんとご飯食べてる? ひとり暮らしって大変でしょ?」
母はここぞとばかりに若作りした声で漣に聞いた。
「まぁ、なんとか大丈夫です。でもやっぱり、おばさんの作るご飯はおいしいですね」
「あらあら……いつでも食べにきてくれていいのよ。いっそのことうちに住んでくれたって」
「お母さん、だいたーん!」
苦笑する花梨の横で、神狩は黙ったまま箸を口に運んだ。いつもよりおいしいはずなのに、ちっとも味がしない。目の前にいる漣が、どうしたの? と言うように顔をのぞき込んできた。
その優しい微笑みがすきだ。出会った時から変わらない、すべてを溶かすような甘い表情。「すき」という一言が言えないまま、こうして10年も経ってしまった。ううん、と小さく首を振って、神狩はにっこりと笑いかけた。伝えられなくたって、別に、いい。ただ、この時間が、すきなのだ。
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