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「……神狩」
その様子をじっと見ていた漣が、ふいに声を低くした。漣は頬杖をついたまま、観察するように神狩を上から下まで眺め渡した。
「な、何?」
なんだか気恥ずかしくなって、神狩は慌てて伸ばした両腕を下げた。視線が太陽光のようにじりじりと肌を焼く。
「きれいになったね」
「えっ!?」
神狩の肩が大きく飛び跳ねた。
「な、何言ってんの、急に……」
「事実だから言ったんだ」
漣はにこにこしながら神狩を見ている。普通の人間なら言いづらいような褒め言葉も、この男はさらりと口にしてしまうのだ。そこに嘘偽りはないと分かっているからこそ、神狩はますます頬を赤くした。
「相変わらず、天然たらし……」
ぽつりとつぶやいた言葉は小さすぎて、当の本人には響いていない。大した意味のない褒め言葉だと分かっていても、心はばかみたいに跳ね上がるものだ。喜びが彼への愛情に変わる。あと少ししたら、愛情を入れた心が張り裂けて、口から溢れてしまいそうだ。
「ねぇねぇ、漣って最近忙しい?」
「え? そうだな……休日はそれほど忙しくないよ」
「じゃあ、今度ふたりでどっか行こうよ。私、高校受験終わってようやく暇になったの。だから、漣と遊びたい」
言い終わってから、自分の大胆さに気づいてはっとした。これじゃデートの誘いじゃないか。漣は大して意識する様子もなく、「そうだね」とうなずいた。
「まだちゃんと合格祝いしてなかったし……また連絡するよ」
「う……うん!」
あっさりと了承してくれたことが嬉しくて、神狩は熱を持った頬に両手をあてた。
漣。漣。優しい人。だいすきな人。彼さえいれば、自分は一生幸せな気持ちに包まれていられるだろう。テレビのニュースが伝える悲劇なんて関係ない、優しくて愛に満ちた世界で生きていけるだろう。そう、思った。
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