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ふたりは早速エプロンを着け、キッチンへと足を運んだ。あらかじめ用意しておいた材料を取り出し、レシピを見ながら丁寧に作業を進めていく。切ったりんごが鍋で煮立っていくのを、白雪は興味深そうに眺めた。
「……神狩は、料理が上手なんですね」
「え? ああ、お母さんがね、家庭科の先生なの。だからむりやり練習させられたっていうか」
「素敵ですね」
「そうかなぁ」
「とても、素敵だと思います」
そんなことないよ、と否定しようとして、やめた。白雪の横顔が、さみしそうに見えたからだ。肩を並べて料理をしても、まだまだふたりの距離は遠い。いつか彼女から、いろいろなことを聞ける日が来ればいい。そう思いながら、神狩は鍋の火をとめた。
煮立ったりんごを冷ましてから、パイ生地にフォークで穴を開けた。生地にりんごを丁寧に並べていく。白雪の懸命な横顔を見るだけで、神狩はなんだか微笑ましくなった。
「料理はね、食べてほしい人を思い浮かべながら作るんだって。その人の喜ぶ顔を思い浮かべるの」
できあがった生地をオーブンに入れながら、神狩は白雪の顔をのぞき込んだ。
「雪ちゃんは、誰に食べてもらいたい?」
「私は……」
スイッチを入れると、オーブンの中でじりじりと生地が焼かれ始めた。白雪はオーブンを見つめながら、少し恥ずかしげにつぶやいた。
「紫苑に」
「紫苑?」
こくりと、白雪がうなずく。
「その人、家族? あっ、もしかして雪ちゃんのすきな人!?」
「よく、分かりません……」
ぐいぐいと詰め寄ると、白雪は困ったようにうつむいた。
「紫苑がいなかったら私は、生きることも死ぬこともできないんです」
大げさな彼女の言い方が、少しだけ気になった。彼女の幼い外見にそぐわない、大人びた言葉だ。生とか死とか、そういう言葉は常に自分から遠く離れた場所にあると思っていた。だけど白雪は、違うのだ。きっと彼女は、神狩とは全く違う場所で生きている。理由は分からないけれど、そんな予感がした。
キッチンから移動して、リビングにあるソファに腰かけた。アップルパイが焼けるまで、まだまだ時間がかかる。
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