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その日の夜。やわらかな布団にくるまって、棗は今日起きた出来事を思い返していた。
白雪を殺したあと、棗は逃げるようにその場から走り去った。動揺と混乱に急き立てられるように、振り向くこともせず、まっすぐ部屋へと走り、現実から逃れるようにベッドへと潜り込んだ。
何時間経っても、右手からナイフの感触が消えない。冷たくて鋭い刃物が、やわらかな肌を貫くあの瞬間。赤い血液。
真っ暗な部屋の中で、時計の音だけが自己主張を繰り返している。棗が夢へと逃げ込むのを阻止するかのように。
白雪は本当に死んだのだろうか。本当に、自分が殺してしまったのだろうか。「大丈夫」そう、朝霧は言った。あの言葉はどういう意味なのだろう。自分は、どうすればいいのだろう。
枕元に置いてある、携帯電話を手に取った。電話帳を開き、斎賀翔吾の名前を見つける。ずっとすきな人。すきだった人。今は世界一、憎い人。自分から離れていくことが許せなかった。殺したいと思った。だが冷静になって考えてみると、やはりそれはばかな考えだったのかもしれない。ただ、自分が味わった痛みを、翔吾にも分かってほしかったのだ。
ボタンを操作して、電話をかけた。携帯電話を耳にあてると、単調な呼び出し音が鼓膜を震わせた。どれだけ待っても、その音が消えることはなかった。
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