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 でもね、もう一度聞こえてきた時に振り返ったら健人がいたのよ。だから急いで列から抜けて健人目掛けて猛ダッシュしたわ。もう無意識の行動だった。形振り構わず走って健人に抱き付くと、健人はちゃんと私を受け止めてくれた。  「お前、スペインで暮らすのか? 外国人と国際結婚でもするつもりか?」 「しっ、しないわよ。私はただ勉強する為に行くだけで、それに半年だけだし」  その時はどうして健人が知っているのかわからなかったけど、奈菜が健人に話したってあとで聞いたわ。 「黙っていく事はないだろう?」 「……だって健人が―――」 「理帆には感謝している」 「……えっ?」 「理帆のおかげで今の俺がいるって事だよ」 「……健人」 「だから恩返しがしたいんだ。でも今の俺には、理帆に何をしてあげられるかわからない。なぁ、俺は何をしたらいいんだ? お前が望む事をしてやりたいんだ。お前が今、望んでいるのは何だ? 教えてくれ」  健人の必死な訴えがやけに響いてね。私、健人の前で泣いちゃったのよ。嬉しいとかそういった感情を通り越して、健人の顔を見たら安心しちゃったの。それに今度は嘘じゃないんだってわかったから。健人の癖である右手で鼻を触る事もなかったしね。 「……もう叶ったよ」  もう一度抱き付いて、健人の温もりを全身で記憶させたの。暫く会えないからね。  「帰ってきたらこれからの事、ゆっくり話をしたいんだ」  流れ込む健人の声が体中を駆け巡って幸せに包まれたの。 「……うん。行ってくるね」  健人に別れを告げて、搭乗口に歩いて行った。列に並んでゲートをくぐるまで健人は見送ってくれてね。手を振って見送る健人を見て、帰国したら今度はちゃんと告白しようって決めたの。だってその時の健人は今まで見た事がないくらい、清々しくてね。すっかり自分の中で答えを出した顔だったから。  今度は私が頑張る番だって気を引き締め直したの。私が大きく成長して帰ってくる事に意味があるんだから。健人の足を引っ張らないように、そして健人を側で支える女性になる事を夢見てね。もう、不安や焦りは微塵もなかったわ。だって私達は大きな壁を乗り越えたんだから。また新しい壁が出来ても二人なら乗り越えていける。新たな夢に向かって日本を発ったわ。そう遠くない未来に、私と健人を祝福するようカリヨンの鐘が鳴り響く事を願いながら。                 〈了〉
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