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「麻衣は本当に建築が好きでね……ほら、これ全部麻衣が設計したパースだよ」ってお父様がパソコンを起動させてファイルを開いて見せてくれたわ。美術館のようなアーチ状の空間設計だった。一目見てセンスを感じるデザインに麻衣さんは本当に勉強熱心な方だったんだってわかったの。 「理帆さんさえ良ければ、麻衣のこれらをもらってくれないか?」  お父様が仰ってね、突然だったから言葉を失ったわ。お父様は私が返答せずにいると話を続けたの。 「麻衣の気持ちを考えた時に、ここに残しておく事は望まないと思うんだ。麻衣が今まで積み上げてきた事、感じてきた事を多くの人の目に触れてほしい……ただそれだけなんだ。それにこれから勉強や仕事をしていく上で、理帆さんにとっても悪くないだろう?」  正直、とても参考になりそうなものばかりだったの。特にCADソフトによる美術館を描いたパースは特に参考になりそうだった。それにもう一度勉強したいって考えを持ち始めていた時だったから、願ってもない事だった。その時に聞いたんだけど、お父様は事務所を構えている建築家だったのよ。大手のハウスメーカーの所長として働いた後に独立されたみたいで、自宅もご自身で設計、施工を古巣の会社で建てたみたい。麻衣さんが建築を学んだ事はお父様の影響があったんだろうなって思ったわ。 「私からもお願いがあるんだけれど、いい?」って今度は奥様が尋ねてきたの。麻衣さんが手がけたパースをお父様が私に説明をしている時だったから、不意を突かれた感じにパソコンの画面から奥様を見上げたわ。 「彼の事……健人君を支えて欲しいの」  予想外の願いだった。伏し目がちに申し訳なさそうにしていながらも、表情から意思の強さを感じたわ。マウスを手にとっていたお父様も腕を下げて奥様の横に立った。 「聞けば以前、彼と付き合っていたのよね? どんな理由があったかわからないけれど、もしあなた達が別れた理由が麻衣の事だとしたら、もう一度やり直す事は出来ないかしら?」   痛い所を突いてきたなって。さっきまで穏やかな空気が流れていたのに、突然寒風が吹いたように空気が冷たくなった気がしてね。はっきりしている原因は私。私が、奥様からの答えをあぐねていたからよ。だって、浮かんだ答えが気持ちと一致しないから。今ここで取り繕うような答えは、麻衣さんに失礼な気がしたからね。
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