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「本当に桜木さんにはお世話になりまして」  あの時の理帆は黒色のフレアスカートに白いニットの服装で、いつもより大人びた成人女性を感じさせたよ。化粧も濃くてさ、赤い唇がなんだが艶っぽかった。 「お引越しは落ち着きましたか?」 「……奈菜はまだ荷物の整理をやっていて、手が離せないみたいで」 「優先順位をつけて、ゆっくりやっていけば良いと思いますよ」  カウンターの椅子に案内しようとしたら「いえ、長居をするつもりはありませんから」って理帆が断りを入れると手に持っていた紙袋を俺に差し出してきたんだ。目に入っていたからなんとなく気にはなっていたよ。 「若いんだから、そんなに気を遣わなくていいのに」紙袋の中身は老舗の名前が印字された菓子折りだった。なかなか出来ない事だと思うよ。 「両親からの教えなんです。感謝の気持ちは思い立った時にすぐ行えって」  いくら教えでもそういう筋というか感謝の言葉が言える女に昔から弱いんだよ、俺って。隆一さんと陽子さんを見ていたら、素直な子に育つのは目に見えているなって。今時、稀有な女の子だって素直に思ったよ。 「それは皆さん用で……こっちは桜木さんに」って理帆が照れ臭そうに俺に差し出したのは細長い紙袋だった。 「開けてもいい?」って理帆に尋ねると伏し目がちに頷いたから、その場で開けると青色のドット柄のネクタイだったんだ。 「……女性からネクタイのプレゼントをされたのは初めてだな」 「私もネクタイを男性にプレゼントしたのは、初めてです。桜木さんにはプレゼントを頂いたのでお返しって事で」    プレゼントのお返しでネクタイって、かなりハードル高くないか? ましてやそんなに親しくはない間柄の男性にネクタイをプレゼント。やっぱり理帆は男慣れしてやがる。スーツに無難に合う青色のネクタイを選んでくるあたりが怪しいって、その時は妙に勘繰っていたよ。理帆は間違いなく俺より恋愛経験は豊富だってね。 「……気に入って頂けると嬉しいです」  正直言うよ。可愛かった、可愛かったよ。理帆のはにかんだ顔に愛おしさを覚えたのは事実だ。あんな表情されたら男なんてイチコロだ。完全に心を奪われた瞬間だったよ。 「ありがとう。使わせてもらうよ」って俺がお礼を言うと理帆の顔がぱっと明るくなってさ。この子は素直に感情を表現するのが上手いんだなって思ったんだ。邪推な考えを今まで抱いていた俺を罵倒したくなったね。こんな素直で純粋な女の子が俺なんかにプレゼントをくれるだけでも男冥利に尽きるもんだよ。  生意気にも、この子は汚れた男に染まって欲しくないって思ったね。特に俺みたいな十字架を背負った男と一緒になって欲しくないって。健全で誰よりも第一に愛してくれて、男気がある男と一緒になってほしい。俺には無理なんだって思ったよ。
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