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カリヨンの鐘って知っている?
教会の結婚式とかでよく聞く、あの鐘の事よ。一説には昔から不幸を追い払う力を持つ鐘として大切にされてきたみたいなの。だから幸せや平和の象徴なんだってね。
私、あの鐘の音がすごく好きなの。なんだか聞いていると、異国の地にまるでタイムスリップしたような気持ちになってね。ちょっとした気分転換に今でも聞いたりする時があるの。今はスマホで検索すればいつだって聞けるから、便利な世の中よね。
スペイン出身の著名な建築家がいてね、彼が今まで手掛けた建造物、特に教会の個展が千葉で開かれるって知ると、その日に向けてアルバイトを頑張ったの。近所のスーパーで短期のレジ打ちのバイト。意外と私には向いていたのかも知れないわ。稼いだお金でいつもより高いドレスとかいろいろ買い込んでさ。当日になると化粧はいつもより濃い目に仕上げちゃったりして。そんなに気合いを入れて電車を乗り継ぎ、千葉に向かったわ。勿論、一人でね。
全然、寂しくなかった。むしろ、道中は高揚感に浸っていたわ。大人の女性が一人、美術館で鑑賞。大人の休日って感じよね。背伸びしたけれど、やっぱり本物の大人の女性の魅力にはまだまだだって。赤い十センチのヒールは履き慣れていないから、歩き方はたどたどしかったし、予算がなかったからミニバッグが買えなかったせいで服装と合っていなかった。
最寄り駅を降りてから美術館までの道中は、まだ肌寒い季節だったから寒かったな。空が黄金色になる前の明るい時間帯だったから、行き交う本物の大人女性に値踏みされているみたいで視線が痛かった。紺色のワンピースに白のカーディガンを羽織って、赤いヒール。それに赤のミニバッグ。わかっているわ、言いたい事くらい。そこはベージュとか黒で落ち着いた色で合せたかったわよ。でも親友の奈菜から誕生日プレゼントにもらった赤のミニバックしかスタメンはいなかったのよ。普段からお洒落に気を遣っている訳ではなかったから。あれは事故ね。どうしてあの時、バッグの色から服装を合わせて買わなかったのか、後悔している。
それで美術館に着いてから、すぐにまた後悔したの。明るい時間帯に行くと、女一人で観に来るのはなかなか気が引ける所があるでしょ。周囲の目が気になる御年頃だったし。だから閉館時間の一時間前に行く事にしたの。そうしたら今度はカップルだったり、熟年夫婦っぽい人達ばっかりなのよ。回廊って言うのかな、彼が今まで手掛けた世界遺産建造物の写真やオブジェに目を奪われながらも、やっぱり気が散るのよね。
入館時にもらった案内図付きのパンフレットを見ながらフロアを移動する時とか被害妄想意識が働くの。あの女の子、若いのに一人だわ。ボーイフレンドとかいないのかね。そんな陰口が聞こえてくるように感じちゃってね。なんだか耳鳴りがしてきたの。だから足早に最後のフロアまで逃げるように向かったわ。本当に背伸びして一人で来るんじゃなかったって後悔したわよ。やっぱり身の丈にあった行動が人生には求められるのね。
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