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「びっくりした……どうして、ここに?」 「桜木さんこそ、どうして?」  少し言いにくそうな苦い顔をしていたな。何かあったんだろうなって直感的に思ったから話題を変えたわ。だって気まずい空気になるのは嫌でしょ? 「私、大学で建築を専攻しているんです。この建築家が手掛けた建造物が好きで」 「そうでしたか……それでここに?」  答えようとしたら健人が寝踏みするように私を下から上に見たから「何か?」ってちょっと強めに聞いてやったの。そうしたら我に返るようにはっとして突然「いつもより大人びているから雰囲気違うから」って言うのよ。そんな事言われたら、悪い気するはずないじゃない。頑張って一軍選手達を集めて良かったわ。  それで「大学はどこですか?」って健人が聞いてきたから大学名を答えると「実は僕も以前は同じ大学で専攻していました。中退したんだけどね」って照れ臭そうに答えて驚いたわ。まさか大学が一緒だったなんて。どうして中退したんですかって聞きたかったけれど、当時はそこまで踏み込めなかったわ。気が引けちゃってね。私って聞きにくい事は本当に聞けないの。だって先が読めちゃうというか、それで気まずい空気になるのが本当に苦手なのよ。  出口に向かって歩くと美術館に来る前は薄暗闇だったのに、すっかり外は真っ暗だった。向かいの広場はイルミネーションで煌びやかに照らされていてね。肌寒さと相まって感傷的な気分になったの。スマホを取り出して画面に夢中になっている健人。きっかけを掴めずに立ち竦んでいる二人を行き交う人達には、どう見えているのかなとかいろいろ考え出した時だった。  突然、鐘の音が聞こえたの。すぐにわかったわ。カリヨンの鐘よ。伊達にいつも聞いていないもん。そう遠くはない所から聞こえてきてね、幹線道路を行き交う車の走行音や喧騒音にだって負けずにはっきりと聞き取れたわ。次第に余韻が鳴り響く音を聞いていたら気分が高揚してロマンティックな気分になってきてね。 「このあと、予定ありますか?」なんて大胆にも私、健人に聞いたのよ。あの時、カリヨンの鐘が私の背中を力強く押してくれたのは事実よ。どこかの誰かが新しい門出を祝福した瞬間、私は彼等のあとを追う様に健人に攻め込んだの。 「食事でも行きませんか?」って逆に健人に質問をされた時は、面を食らったわ。私が質問をしているのに質問をしてくるってどういう事って。その時はそっちに気が入っちゃってね。せっかくのお誘いが文字として頭に描かれていなかったの。
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