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 麻衣さんの月命日に涼真さんと一緒に麻衣さんが亡くなった場所に行ったの。その日に限って雪が降り出してね。予報では快晴だったのに、どうして降ったんだろうって内心愚痴ったけれど、もしかしたら天国にいる麻衣さんが私達を出迎えてくれたのかなって思ったりしたわ。  幾度か訪れている美術館までの道のりがやけに遠く感じたの。歩く速度は決して遅くなかったのに。道中の涼真さんは口を開く事が少なくてね、足元に降り積もる雪を踏みしめながら、過去を想起するような寂しさを帯びた目をしていたな。  私も私で、健人に対する想いと麻衣さんがどんな方だったのか、夢を思い描いていた将来が突然、失われた気持ちを想像したら、悔やむに悔やまれない気持ちだったんだろうって。言葉に出来ない気持ちで胸が締め付けられていたの。  涼真さんから聞いたんだけど、健人と麻衣さんは美術館に行った帰りに麻衣さんが事故に遭ったみたいでね。麻衣さんを跳ねた車の運転手は高齢者だったみたい。麻衣さんと他数人が青信号になった横断歩道を渡っていた所を車が曲がってきた。ブレーキとアクセルを間違えたって運転手は供述したみたいよ。  美術館前の大きな交差点が見えると、交差点の隅切り、電柱の下で花束を持った黒いトレンチコートを着ている後ろ姿が見えた。健人だってわかったわ。立ち止まって涼真さんと顔を見合わせると、ゆっくりと近づいて行った。声を掛けて振り向いた健人は私達の顔を見ると驚いた表情をしていたわ。
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