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 自分がこの世に産まれてきた理由を考えた事があるかい?  ある日突然この世に生を授かって、記憶があやふやな幼少期を過ごせば、あっという間に意識が芽生える年頃になる。思春期になれば多感な時期なだけに忙しい日々を過ごす事になり、そんな事を考える暇がない。次第に社会という戦争に放り込まれ、挫折や屈辱を味わえば、ようやく考える機会も増えてくるかもしれないな。別に今の環境に対して、不平や不満を抱いた事が一度もないと言えば嘘になるけれど、何か物足りなさや不甲斐なさを抱えて生きている悩み多き青年なんだよ、俺は。  桜木不動産は創立四十年を超えていて、千葉県の不動産会社ではそれなりに名が知られている事を知ったのは、俺が会社を継ぐ意思を父親の浩市に示して従事する事になって、他業者に挨拶周りに行った頃だったよ。お父さんには何度も助けてもらったとか、社長には頭が上がらないとか平気で他社の重役が名刺交換の時に口を揃えるように言うんだ。しまいには宅建の免許申請と専任の取引士の書類手続きで千葉県庁と加盟している協会に行った時には、個室に案内されて暫く待っていると、恰幅の良いスーツ姿の、お偉いさんオーラを身に纏ったおじさん達が雁首揃えて名刺交換をしたんだ。名刺を見たら案の定、重役ばかりだったよ。ここでも親父の武勇伝を聞かされたわけ。  そんな事を親父は、おくびにも出さずにいつも飄々としているから、ふざけた親父だよな。親父の見方が一変したよ。悔しいけど、器の大きさを感じたんだ。六十歳を超えても未だに現役で働いている訳だし、親父なりに積み上げてきたものがあったんだよな。人に歴史ありだよ。  母親の由紀恵もよく親父と出会ったよ。自分で言うのは照れ臭いけれど、母親は一人息子の俺に溺愛でさ。今まで一回も怒られた事がないくらいなんだ。普段は会社の経理をやっているんだけれど、仕事をするようになって当然二人を見る機会は増えていく訳じゃない? そうすると二人の関係性や、職場じゃないと目にしない距離感で見ると親父の事が好きなんだなって。間違いなく、親父と会社を支えている縁の下の力持ちは母親だよ。  不動産の仕事を始めて三年が過ぎた頃には、一通りの不動産取引の内容は経験したつもりでさ。取引形態で言うと、自社物の売買、仲介、リフォーム、競売は当然のように経験したよ。
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