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 その考えに辿り着くまでには、人生経験が足りていなかった。そのおかげで従来の考えに色味がついた事によって、大きく視野が広がったように思えてさ。少なくとも、今回の件で俺は学んだよ。   周りの皆は人生を積極的に進めて始めていてさ。涼真は、また旅に出るって店に顔を出したんだ。今度はアメリカに行って、ヒッチハイクで全土を駆け巡るって言うから、フットワークの軽さと好奇心旺盛で自由を持ち続けている涼真が眩しかった。 「……お前、吹っ切れた顔になったな」って涼真が帰る前に言ったんだ。ちょうど麻衣の月命日が過ぎて、いろいろ考えた末に人生の考えに結論を出した頃だったから、顔に出ていたんだろうな。 「戻ってきたら、酒でも飲もう。お前にはいろいろ世話になったからその時は奢るよ」 「楽しみにしているよ」ってハイタッチをした後に、涼真は清々しい顔を見せて出て行ったんだ。見送る涼真の背中が妙に大きく見えてさ。新しい道を歩んでいる男の姿が輝いて見えたんだ。  仕事の方は、変わらず順調だったよ。消費税の増税に伴って不動産取得の際に住宅ローンを利用する場合、所得税の控除が出来る住宅ローン控除の控除率が拡充されて問合せが多くなってきたんだ。取得の際に給付金もあったりして、今まで持家を持とう考えていなかった同年代の客が増えてさ。ただ、車やクレジットカードの借入があるとローンの審査に影響が出るのは当然でさ。そういう問い合わせも増えて相談したいって来店されるから時間に追われる日々だったよ。  あとは売却相談も増えたね。これは俺にとって嬉しい事だった。もちろん、購入の客が増える事は良い事だけど、市場に出回る物件も少なくなってきていたんだ。需要と供給の世界なだけに、どちらか一方が増えた所でまとまる話が出来る訳でもない。一概に言える事ではないけれど、学区で探している客、投資用の駅近くで探している客が抱えている顧客が多かったんだ。新規の売却相談が増えれば、その分話が纏まる可能性が増えるって訳だ。  それらを一挙に受け持っていたから、仕事に忙殺される日々を過ごしていたよ。相変わらず事務員の康子さんから人を雇えって言われていたしね。今までは冗談半分、本気半分で考えていたけれど、そろそろ俺一人では限界が見えてきた頃だったから、いい加減に募集をかける必要があるなって思い始めた頃だった。両親に相談をしようって思ってさ、その日は二人とも会社に来ていたから相談をしたんだ。
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