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「営業としてか? ならお前の好きにしたらいい」って父親が言って「そうよ、あなたが決めればいいじゃない」って母親が倣うように言った。こういう答えって俺の考えを尊重してくれているように聞こえるし、いい加減にも聞こえるから不思議だよな。 「そんな事より健人、孫の顔を早く見たいもんだな」 「そうね、私達が元気なうちに、早く孫の顔が見たいわ」  最近の両親の口癖だよ。友香さんが前に遊びに来た時に連れてきた息子の勇人君を見てからそんな話ばかりするようになってさ。俺が一人息子って事もあるんだろうけれど、こうもスイッチが入ったように言われると、さすがに参るよな。 「全く、お前ってやつは。どうしてあんな綺麗な女性に見捨てられるんだろうな。お前、友香さんに嫌われるような事でもしたんじゃないのか?」  友香さんが来なくなった頃に話しが出た時があってさ、その時に振られたって話をしたんだ。勇人君は来ないのかって煩かったからさ。 「理帆ちゃんとはどうなの?」って母親が思いついたように口にしてさ。理帆は付き合っている時もそうだけど、家を借りた経緯から両親とは何度か顔を合わせた事があったんだ。 「正直あの子が一番、健人に合っているなって話ながら思っていたのよね」 「そうだな。何というか、あの子は気遣いが出来る優しい子だったな」  わかる? この両親の圧力。これが一人息子で長男の宿命だよ。今までは悪ふざけのように俺をからかうような調子で言っていたけれど、この時ばかりは真剣味を帯びた二人だったんだ。今まで大した親孝行をしてこなかっただけに、ここまで言われちゃ堪らないよな。  正直、理帆に対する接し方については悩んでいてさ。理帆が麻衣の両親に頭を下げてくれた事については感謝している。俺の為を思ってやってくれた事、俺の事を今でも想ってくれていた事。  このタイミングで理帆とよりを戻すのは虫が良過ぎるような気がしていてさ。麻衣の事が一つ形を成した、このタイミングで関係を戻す事を理帆はどう思うだろうか。きっかけがないだけにどう踏切を切るかってね。結局は日々の目まぐるしい仕事に忙殺されて考える時間がなかったって言い訳をしていたんだ。
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