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 そんな事を考えて結論が出ない日々を過ごしていた時だったよ。奈菜から電話があったんだ。菜奈からの電話は、たしか月曜日の午前中だった。月曜日の午前は、土日休みの司法書士や銀行担当者と打合せがあって、意外と忙しい時間帯なんだ。土日休みの客が多くて物件の案内等で話が進んで、住宅ローンの事前審査相談や決済の打合せがあったりするからね。  菜奈の電話は店の電話にかかってきた。仕事モードに入って電話を取ったって事もあったし、まさか菜奈から電話がかかってくるとは思いもしなかったから、菜奈の声を聞いた途端、気が抜けたよ。 『健人さん、理帆から話聞きました?』  開口一番の菜奈の声は、低くくぐもった声だったよ。電話の向こうから笑い声や電話が鳴っている音が聞こえたから、恐らく職場にいるんだろうなって。 「……いや、なにも。理帆がどうしたって?」  それから数秒、菜奈は何も話さなくてさ。その数秒間が妙に緊張感と焦りを生んだんだ。俺が聞いていないって答えに彼女の中で話していい内容なのかどうか、天秤にかけているんだろうなって。でも俺の中で仮に菜奈が話さなくて電話を切った所で、理帆に問い質す腹つもりは出来ていたんだ。理帆に何かあるんだろうなって事は菜奈の声が神妙だったから。 『昨日の夜に突然、理帆から電話があったんです。理帆、スペインに行くって』 「……スペイン!?」  鸚鵡返しに大きな声をあげたな。予想もしない答えだったよ。 『留学するみたいなんです。向こうの建築を勉強するって。納得出来るまで帰って来ないって言っていたから私、不安になっちゃって』  ビザの問題があるから帰って来ないって事はないだろうって高を括っていたけれど、海外では何が起きるかわからない。あらぬ不安が過っていたよ。 「それで……理帆はいつ行くって?」 『それが、今日みたいなんです』 「今日!?」  二回目の鸚鵡返しで親父が近づいて俺の頭を叩いてさ。親父の客がいる事を忘れていたくらい衝撃を受けたんだ。 『ただ、どうして理帆が健人さんに言わなかったのかわからなくて。聞いても答えないし、でも健人さんがこの事を知らなかったら伝えなくちゃって思って。そんな事を考えたら眠れないし、仕事も手につかなくってもう朝から大変なんですよ』 「教えてくれてありがとう。それで理帆は何時に出発するんだ?」 『確か……昼頃だって言っていたような』 「……まじかよ」  受話器を片手にパソコンから空港サイトにアクセスしてスペイン行きの時間を調べていた時だったよ。
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