この愛が消えてしまう前に

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 大学を卒業し、父の会社に就職してから私は一人暮らしを始めた。  父が再婚したからというのもあるけれど、当時亡くなった婆ちゃんが住んでいた家はリフォームしたばかりでキレイで。  売りに出すか人に貸すか検討していたから私が名乗りを上げた。  駅から15分駐車場付き平屋の一軒家、2LDKの小さな我が家に諒がかしこまった様子でテーブルに座っている。 「社長はここに来たりしないの?」  さっきからソワソワしているのはそのせいか。  つい先ほどまで会社で父と新製品についての商談をしていた諒にとっては、まだまだ取引先の社長よりほかならない。 「来ないよ、今まで来たことないもん」  一瞬安堵の顔を覗かせた諒に。 「今まではね? 今日はわかんないけど?」  からかうようにニヤリと笑ったら、脅かさないでよと苦笑している。 「だいぶ暑くなったよね、でも東京の方が暑いのかな?」 「うん、梅雨明けから一気に蒸し暑くてさ。こっちの夏は初めてだけど東京よりは過ごしやすそう」  氷の入った冷茶を美味しそうに飲み干した諒が、キッチンで夕飯を作る私の隣にいつの間にか立っていた。 「ザル蕎麦でいい? 天婦羅と」 「手伝うよ」 「大丈夫だよ、座ってて」  身長差を見上げたら視線が絡まった。  少しかがんだ諒の目が優し気に細くなったのをきっかけに目を瞑ると一つ目のキス。  それから小さなリップ音を立てて何度か唇を重ねて。  幾つかの天婦羅を掬うタイミングを逃してしまった。   「諒のせいなんだから」  失敗した天婦羅にむうっと唇を尖らせる私を。 「僕が責任持って食べるよ、天婦羅も冬優も」  なんて悪戯っぽく笑うからドキリとする。  諒の時折見せる色を含んだ笑顔にはおそらくこの先も慣れることはない。
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