花明かりと足跡

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 夢子は薄暗い廊下をぼんやりと光る足跡を頼りに歩いていく。  足跡の主は大座敷に入ろうかどうか迷ったのか、ぴっちりと閉められた障子の前をうろうろとしていた。夢子は好奇心にかられて、障子に手を伸ばす。 「君、何してる!」  厳しい声に驚いた夢子は、手を引っ込めて後ろを振り返った。  夢子より少し背の高い、つやつやとした黒髪があちこちに跳ねている男の子だった。セーラー襟の服に、襟と同じ紺色の半ズボン、そして真っ白なソックスを履いている。  泥棒と間違われてしまったのかもしれない。そう思った夢子は、困り顔で男の子を見上げた。  すると、男の子の頬に、さっと赤味が差した。 「……ごめん、ちょっとからかうつもりだったんだ」 「良かった。泥棒と間違われたんじゃなかったのね」  夢子は安心して微笑んだ。男の子はしばらくぽーっとなって、それからはっと気が付いたように夢子に向かって手を差し出してきた。 「ぼ、僕は(たつき)。君は?」 「私は夢子。よろしくね樹さん」  夢子が笑顔で握手に応えると、また樹の頬に赤みが差した。「どうしたの?」と首をかしげた夢子に、樹は「なんでもない」と言って、すぐそこのつまらない衝立に興味を持ったようなふりをした。 「あのね、樹さん。私、足跡を追いかけているの」 「足跡?」  樹は夢子が指さす方を見た。桜の花びらが集まってできた足跡がどこかへ繋がっていた。  しかし、樹は首を傾げた。この屋敷には奉公人がたくさんいる。いつ来ても、掃除は完璧に行き届いており、樹は塵一つ見たことがなかった。  なのに、ここには確かに足跡がある。それも桜の花びらでできているのだ。樹は胸がぎゅっとなり、急にわくわくと心が浮き立つのを感じた。 「僕もついて行っていいかい?」 「本当? 心強いわ」  二人は微笑み合うと、足跡を辿り始めた。  足跡の主は他にも部屋に入ろうとしたようだったが、どの足跡も部屋に入る前に引き返していた。  どれくらい歩いただろうか。手すりのある階段を昇って、降りて。二人が屋敷をほとんど一周した頃、ずっと続いていた足跡はとうとう玄関の扉の外に出てしまった。 「どうする? 夢子さん」  樹は心配そうに夢子を見る。もし、着ている物を汚してしまったり、怪我をしてしまったら、それが普段通りの自分はともかく、夢子は叱られてしまうかもしれないと思ったのだ。 「あら、行くに決まってるわ」  きょとんとする樹に向かって、夢子は「お転婆は嫌?」と笑って見せる。すると樹はいたずらっぽい笑顔を浮かべて「弱虫よりよっぽどいい」と言って、意気揚々と下駄箱から自分の靴を探し出した。  二人は玄関の戸を音がしないように慎重に開ける。外に大人はいないようだった。足跡は風に散らされることもなく、点々と続いている。 「なんだ、庭に行ったのか」  てっきり、屋敷の敷地の外に行ったのだと思っていた樹は、がっかりした声をあげた。夢子はそんな樹の手を掴む。 「お庭でも構わないわ。先に誰がいるのか、見に行きましょう」  今更ひとりぼっちになるのは寂しい。そう思った夢子は、繋いだ樹の手をぎゅっと握る。  急に歩みが遅くなった樹を引っ張るように、夢子は足跡を追って歩いていく。庭の中頃まで来た時、夢子はあることに気が付いた。 「これ、桜の木に向かってるわ」  すると、樹が背伸びをして足跡の先を眺め、大きな声を上げる。 「本当だ! 木の下に誰かいる」  足跡の主を見つけた。二人は顔を見合わせ、駆けだした。
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