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04「惚れ薬のせいだから」
翌日もまた化学同好会の活動場所である教室に通った近野は、そこに雫と嵐山の姿しか無かった事に、軽く肩透かしを食らった。
雫がにっこりと微笑む。「和泉なら今日は先に生徒会に寄ってから、後でこちらにも立ち寄るそうです。向こうでの雑事を片付けてしまいたいからと」
「そうですか」近野は短く相槌し、いつも通りの席に荷物を置く。
嵐山は首を傾げている。
「和泉君の風邪は良くなったのか?」
「ええ、すっかり。昨日、近野君がお見舞いに来てくれて、そのお陰でとても元気になったみたいです」
「ほうほう、それは良かった。しかし近野が和泉君のお見舞いにねぇ。意外と仲が良かったんだな、二人は」
興味深そうな視線には気づかぬふりをして、「少し心配になっただけですよ」と、やんわり言い添えておく。
しかし嵐山の思考はまたもや明後日の方向に暴走し、理解不能の回答を導き出したようだった。
「惚れ薬……自宅まで見舞いに……やや!もしや近野、君は和泉君と一線越えちゃったり」
近野が反応する前に雫が頬を赤らめ、「まぁ!」なんて可愛らしく目を見張っている。なにが「まぁ!」なのかは追及しないでおきたい。
「馬鹿な事言わないで下さい。ただ普通に見舞いに行っただけですって。あいつが学校休む前に、その……少し喧嘩っぽいやり取りをしてたのも気がかりでしたし、謝るタイミングが欲しかっただけです」
「なるほどな。喧嘩は恋においての最高のスパイスだと聞くしな。その反動で燃え上がる事も往々にして」
「無いですから。いいから先輩は実験でもしてて下さい」
無理やり話を終えさせて、追及の手から逃れる。
昨日の高遠とのやり取りなんて、別に、特筆するほどの何かがあった訳ではない。
ただお互いの精神衛生の為、今の状況を打開するまでに必要な落とし所を提示して、高遠もそれに同意した、というだけだ。邪推されるような色気のある話なんて何もない。
まだ半信半疑だが、惚れ薬のせいで彼は自分に好意を抱いている。そしてそれによって彼は苦しめられているし、煩わされている。自分に出来るのは高遠を無駄に苦しめないよう、身の振り方に気を配るくらいしかない。
そもそも話の発端になった惚れ薬自体、単なる雫の思いつきに、嵐山が異様に食いついて、ならば作ってみよう、という流れだった気がする。そう思うとやはり彼は、不運にも巻き込まれただけなのだ。嵐山と雫の暴走を端で見ていながら止めなかった自分には、彼を『正常』に戻す為に手助けする義務がある。
(そうそう、何も間違ってはないよな)
自分の中に積み上げた理屈を見直して、何処にも落とし穴が無い事に安堵を覚える。
才も財も持っていて、誰もが遠巻きにしながらも憧れる男が、その真逆に位置する男にかかずらう理由なんて、本来なら何処にも無いのだ。
自らを卑下して言ってる訳ではない。こちらにだって、高遠を気に留める理由は、本来ならまったく無い。
(よし、納得)
気持ちを切り替えて、同好会活動に勤しむ。と言っても別に嵐山ほど化学に傾倒している訳ではないので、せいぜい指示された薬品の分量を計ったり、器具を洗ったり、手持ち無沙汰になったら宿題をやったりして時間を潰すという、ゆるい活動内容だ。
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