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しかし、それだけで終わりでは無かった。
『対象について、貴方の好意度はどのくらいですか?』
丸文字フォントの問い掛けに対し、高遠は十段階の数字の内の、十──最高点に丸をつけた。
「……ちょ、ちょっと」
近野は狼狽する。しかし高遠はそれを無視して次の質問に取りかかる。
『一日の間、対象を思い出す頻度はどのくらいですか?』
十回以上、という答えに、彼は丸をつける。
「待て待て待て」
「なんだ」
「いや、なんだ?じゃないって。涼しい顔して何を見せてくれてんだよ」
これってどんな羞恥プレイだ。
居たたまれない。居たたまれないし、今すぐ何処か遠いところに消えたくなるくらい恥ずかしい。こんな恥ずかしい質問に、よくも淡々と答えられるものだ。
「ほ、本当に、そう思って答えてる?」
「ああ、なるべくありのまま答えろと、お前の先輩から念を押されてるからな」
「……十回以上も俺の何を思い出す事があるんだって……いや、いい!書かなくていいよ!備考欄を書くな!」
「詳細に書けと言われてるんだが」
「大真面目かよ!何なんだよお前」
「仕方ないだろ。これは全部惚れ薬のせいなんだから」
高遠はさらりと言ってのける。昨日こちらが提案した通り、開き直る事にしたらしい。
しかし急激な手のひら返しに、近野は翻弄され通しだ。
「ああそう……いや、やっぱ待て!それと俺にこのマークシート見せつけてくるのと、何の関係があるんだよ」
「関係は無いが、お前にとっても他人事じゃないんだから、把握しておいた方がいいだろ」
近野は頭を抱えて俯く。あっという間に熱を持ってしまった顔を、せめて誰にも見られまいとした。一方で雫は口元を押さえて頬を染めており、嵐山はひくひく痙攣しながら酸素を求める金魚の真似をしていた。
「なんだ?どうした?急にピンク色の空気が漏れだしてきたぞ」
「嵐山先輩の惚れ薬は、凄いくらいの効き目だという事ですね」
「そうか……実に素晴らしい!俺の才能は本物だったんだな!」
「ええ、勿論です」
騒がしい二人に、近野は心の中だけで恨み言を言う。楽しそうなのは良いですけど、貴方達も少しは反省してくれと。
高遠は淀みなく全ての質問に答えた。顔を上げてちらりと覗き込めば、殆ど全て、最高点に丸がついている。
ただひとつ、目が釘付けにされたのは最後の回答だった。
『今現在の、対象との関係性に対して、幸福を感じますか?』
そこだけ三という、中途半端に低い数字に丸がついていて、近野は言葉が出なくなる。
どういう意味で、その数字に丸をつけたのだろうか。一番考えうる可能性としては、惚れ薬によって無理矢理惚れた先があまりに悪くて、現状を煩わしく感じていると、そんな所だろうか。無理もないかもしれない。
少なからずショックを受けている自分が信じられず、無理矢理に思考を止める。馬鹿馬鹿しい、いったいそれについて、こちらが何かを気にする必要があるのか。
手首を握る高遠の手が離れた。彼は立ち上がり、嵐山にマークシートを渡している。
やっと取り返した自分の手首を、机の下で擦ってみる。握られていた箇所が妙に涼しくなって、落ち着かなかった。多分、高遠の手が熱かったせいかもしれない。顔色を変えないくせに、手のひらだけが熱を持っていたのは、特別な理由があるのだろうか。
(そんな筈ない。薬のせいなんだから)
気を楽にする為の呪文のように、繰り返す。
今やまったく他人事でなく、惚れ薬をどうにかしなければ、と本気で思った。可及的速やかに、事態を解決しなければ。
じゃないと、マズい。
非常にマズい。
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