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05 問題勃発
「今さぁ、うちのバンドのメンバーがひとり辞めちまって困ってるんだよなぁ。近野、お前楽器弾ける?」
「任せてくれ。小学生の頃はアルトリコーダー奏者で俺の右に出る奴はいなかった」
「そっか。じゃあやっぱ他を当たるわ」
広瀬は気だるそうに太い首を回す。彼の演奏するドラムと自分の演奏するアルトリコーダーで新たな音楽性を追及するのも面白そうだと思ったのだが、目指している方向は違うらしい。近野は苦笑いを浮かべて廊下を歩く。
前の時間の授業は家庭科だった。そろそろハロウィンが近いからと、パンプキンスコーンなる菓子作りが課題で出され、近野も広瀬もその手に小さな菓子包みを持たされて四限目を終え、昼休憩に差し掛かるところだった。
自分のクラスの教室に入る手前で、手にしたエプロンや家庭科の教材を、廊下に並べられたロッカーに仕舞おうとした。スコーンだけは昼休み中に食べてしまうのも良いかもしれない。そんな算段をしながらロッカーの扉を開く。鍵は面倒だから掛けてない。たまに隣のクラスの友人が勝手に辞書を拝借していくのも容認していた。
扉を開けた瞬間に視界に飛び込んできたものを認識し、近野は持ち物をばらばらと取り落とした。
「あ?なんだよ、大丈夫か」
広瀬は親切心から、廊下の床に散らばった教科書を拾い集めてくれる。一方、近野は脇目もふらず、ロッカーの扉の内側に張り付けられていたものを剥がして丸めた。
「どうしたんだよ」
怪訝そうな広瀬から教科書を受け取り、礼を言う。今の一瞬の動揺については誤魔化した。「何でもない。腹減ったから飯食おう」
手の内側で固く丸めたものについては、ゴミ箱に捨てるのもはばかられ、仕方なくズボンのポケットに突っ込む。
教室で弁当を掻き込んで、急ぎ足でトイレに向かった近野は、個室に入って鍵をかけてから、ポケットの中のものを取り出し、広げてみた。
暫く無言で見入って、喉奥から潰れたような音が漏れる。
それは一枚の写真だった。
写っているのはよく知る道──近野の通学路の風景と、二人の人間──近野と高遠の姿だった。
写真に写されているものについても、心当たりがあった。先週の終わり頃、雫を交えて帰宅したあの日、分かれ道でふいに高遠がこちらに身を近づけ、肩口についていた糸屑を取ってくれたというだけの、本当になんて事もない瞬間が切り取られている。
しかし写し方については問題があった。
お互いの顔の角度と、カメラレンズの位置のせいで、なんというか、これだとまるで……自分達がぴたりと寄り添い合い、その上で高遠が頭を傾けて、少しだけ屈んで覆い被さるようにしているから……キスしているようにも見える。
そして問題がもう一つある。
妙な構図にかっと熱を持とうとする頭を、冷水をかけるように震え上がらせたのが、自分の姿の真上に書き込まれた、真っ黒なバツ印だ。油性マーカーで書かれたのだろう印は無造作なものではなく、高遠の姿には一ミリもかからないように配慮されているのが見てとれて、うすら寒くなった。たった二本の線が交差しているだけなのに、そこに強い執着心や怨嗟が込められているのではないかと思えてしまう。
近野は写真と、それを撮った人間について考えてみた。混乱と衝撃で鈍る思考の中で、もう一度写真をじっくりとためつすがめつして、なんとか呼吸を整えようと努力する。
これを撮った人間が、たまたまあの場に居合わせて、面白半分で写したものをこちらのロッカーに張りつけた、などと考えるのは楽観的すぎる。
この写真を撮ったのは偶然かもしれないが、明確な意図をもって高遠か自分の行動範囲をうろつき、敵意でもってバツ印を書き込み、隙を見てロッカーに張り付けた。そして今もこちらの出方を窺っている。そうとしか考えられない。
だったらどうするべきなのか。
近野は休み時間の間、目一杯考え、あやふやながらも結論が出た。
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