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だとしたら、今の高遠の中には後悔だけが渦巻いているのではないか、誰かと関わり合おうとした気持ちを責めているのではないか。そう思い至って、胸が痛んだ。
何よりごく簡単なことを彼に気づかせたいと思った。彼の苦悩は、彼のせいによるものでは全くないことだ。
「高遠、俺は自分のロッカーにこれが貼り付けられてたのを見て、高遠のせいだから文句言ってやろうって思って、今こうしてる訳じゃないんだ。正直、かなり不気味だとは思ったけど、それはこの写真を撮った人間に対して思っただけで、高遠に対して怒ったり迷惑だって思ったりはしてない。だいたい、その写真だって」
むず痒い気持ちより、今は高遠を少しでも励ましてやりたいと思った。
「その写真、もっと良く見てみろ。俺にバツ印が入っててムカつくけど、そんなに、言うほど不愉快って訳じゃないって。むしろどっちかって言うと……愉快な方だろ。あはは……俺、これ見た時、よくもまあこんな絶妙な位置からジャストタイミングで撮ってくれたなって、変に感心したと言うか……かなり恥ずかしくなった。だって俺とお前が」
「キスしてるように見えるな。熱烈に」
「ああ、うん……だから」
「お前にとっては不名誉な写真だ。恥ずかしいって思うのも当然だ。万が一にもこの写真をばらまかれたら、面白半分にからかわれて余計な憂き目にあう」
「う、憂き目?いや、だから違うって。恥ずかしいってのは、そんな意味じゃなくて、俺が言いたいのは」
勢い任せに口が動いていた。
「あ、あの日、お前が糸屑取ろうとして俺に近づいた時、俺~~~お前にキスされるんじゃないかって、勝手に想像したから、何か、こうして想像通りの写真を見せられると、思い出して恥ずかしくなるんだよ」
あの日、帰り道で顔が赤くなった原因を、まさか本人に伝える羽目になるとは。
改めて赤面してしまった顔がみっともない気がして、片手で覆う。
「あー……待って。今のは無し。悪い、何を口走ってんだろ俺」
居たたまれなくて消えたくなる。
高遠が小さく身動ぐ気配がした。反応に困っているのだろう。それだけは見なくても分かる。
「ともかく、俺はお前が心配してる方向性では怒ってないから。高遠のせいじゃないし。そもそも悪い事なんてひとつもしてないのにお前が謝るなって」
咳払いしてどうにか平静を取り戻せないか試みる。意味なく手で顔を扇ぎ、「なんか空調おかしくなってないか?」などと悪あがきで誤魔化してみた。
「あー、それより俺が心配してるのはお前だよ、高遠」
「俺の心配?嫌がらせされたのは自分の方だろ」
「そうなんだけど、でもこれ撮った奴は明らかにお前狙いだろ。しかもうちの学校の生徒じゃなきゃ、俺のロッカーにイタズラなんて出来ない。ストーカー犯は身近にいるんだ」
高遠は否定しない。ストーカーなんて慣れっことでも言う気なのか。
「どうにかしないと」
「それは分かっている。でも、俺以外が深く関われば、見境なく危害を加えてくるような犯人かもしれないぞ」
「かもな」近野は頷いてみせる。「でも安心してくれ。俺は外見ほど弱くないんだ。むしろ自分の身は自分で守れるタイプだし」
高遠はそこで不思議な表情をした。
いつの間にか忘れていた痛い部分を衝かれたとでも言うような、なんとも言えない表情で呆然とし、「そうかもしれない」と項垂れる。
「何だよ、俺がよっぽど頼りなく見えてんの?」
半ば茶化すつもりで笑えば、高遠は首を横に振った。彼は相変わらず笑わない。
「……いいや、お前が弱いだなんて、これっぽっちも思っていない」
近野が正確に、高遠の言葉の意味を知るのは、まだ先の事だった。
彼と自分に、思いがけない繋がりがあるだなんて予想し得なかったし、まして、それによって彼も自分も大きな影響を受けて今ここにいるとは、まったく、さっぱり、知る由も無かった。
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