05 問題勃発

4/5
前へ
/156ページ
次へ
二人揃って化学同好会の扉をくぐれば、嵐山と雫は意外そうに瞬いた。 しかも並んで入ってきた人間達が同じように深刻な表情を浮かべているのを見てとり、ますます不思議そうに顔を見合わせている。 高遠をここまで連れてきたのは近野だ。あの後、なるべく他人を巻き込みたくないと主張する彼を、信頼出来る味方は多い方が良いからと説得した。 信頼出来る味方とは、言わずもがな、嵐山と雫である。 席につくなり、高遠のストーカーについて二人に話した。ロッカーに入れられていた写真も、思いきって見せた。 二人の反応はそれぞれ違った。雫は被写体よりも先にバツ印が目に飛び込んだらしく、ショックを受けているようだった。「近野さんへの嫉妬、という事なんでしょうか」 嵐山は逆に、咎めるような目を向けてきた。「君たち、いくら付き合いたてで盛り上がったからって、往来でこんな破廉恥行為に及ぶのは感心しないぞ」 「付き合いたても何もありませんから。これは誤解なんですよ。高遠はただ、俺にくっついてたゴミを取ってくれようとして、そこをたまたま変な位置から撮られてしまって」 こちらの弁解を嵐山は聞いているのかいないのか、そもそも嵐山は人の話を聞こうという気があるのか。どうにも暖簾に腕押ししているような無意味さを覚えて、頭が痛くなった。 「なるほど、分かった分かった。とにかく愛し合う二人を引き裂こうとする卑怯者を捕まえればいいと、そういう事だな」 「ええ、そうですね、犯人を捕まえる……でも捕まえた所で改心してくれるでしょうか」 不安そうな面持ちの雫に、嵐山はにやりと底意地の悪い笑みを浮かべた。 「大丈夫だ、任せておけ。惚れ薬の例でも分かる通り、化学は人の心を変えられる……捕まえさえすれば、やり方はある」 「ちょ、ちょっと、なるべく合法的なやり方にして下さいよ。流石に」 ストーカーの嫌がらせよりも余程恐ろしい企みをしているように感じて、別の心配をする羽目になる。 ここまで黙って成り行きを見ていた高遠は、溜め息と共に口を開いた。 「ストーカーは俺に執着しているようです。俺が囮にでもなれば」 「それは危ないだろ。ストーカーされてる奴がひとりになるなんて」 「そうよ、和泉が考えるよりも凶悪な犯人だったらどうするの。ひとりで捕まえようだなんて考えないで。それに、そんな事しなくても、私にひとつ、考えがあるわ」 雫はぴんと指を立てた。意味深に微笑む姿は嵐山よりずっと上品だが、底知れなさでは負けず劣らずと言える。 「優秀な囮役を、嵐山先輩は既にお持ちです。その宣伝の為に、和泉と近野さんには幾らか骨を折ってもらう必要がありますけど」 全員が顔を見合わせた。彼女が語ってみせる計画に、嵐山は諸手を上げて賛成し、高遠は僅かに眉を寄せ、そして近野は顔を赤と青のまだらにした。 「そ、そんなんで、騙されますかね」 「騙すのではない。事実を知らしめるだけだ」「ええそうです。だいたい、文化祭からこちら、私達の発表が未だにサイエンス誌のひとコーナーにも載らないなんて、残念過ぎます」 胸を張る嵐山と雫に、近野もしぶしぶ同意する。こうなっては仕方ない。化学同好会ではこの二人がやると言って聞かなくなったら、諦めて引き摺られるのみである。 「近野さん、どうか不祥な兄ですが、和泉をお任せします。宜しくお願いしますね」 「任せて下さい……えーと、ストーカーを捕まえるまでお兄さんと協力し合うとか、お兄さんを危険から守るとか、そういう方向性であれば、任せて下さい」 「大丈夫だ、和泉くん。大船に乗ったつもりでいたまえ。近野はただの地味眼鏡男ではない。こう見えても武闘派で、元々はこの同好会の用心棒として引き入れたのだ。ヒョロガリかと思いきや意外に筋肉もあるし、実験中に火災報知器が鳴り響いて教師陣が怒鳴り込んできた時にはなかなか役に立つのだぞ。万が一、犯人がちゃちなナイフで脅してきたって、一撃で」 「いて、いてて、痛いです。叩かないで下さい。っていうか地味眼鏡男って、普段からそんなふうに俺のこと見てたんですか」 背中やら肩やらをばしばしと叩いてくる嵐山を引き剥がそうと格闘していれば、高遠が手助けするようにやんわりと引き寄せてくる。 「……分かりました。では協力者として、少し彼をお借りします」 嵐山の手からは逃れられたが、高遠との距離の近さに心臓が早鐘をうつ。 このくらいで無意味に動揺してしまっていて、本当に大丈夫だろうか。ストーカー捕り物作戦について、近野はさっそく暗雲立ち込める思いがした。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

375人が本棚に入れています
本棚に追加